「奥様、失礼いたします。藤田社長の機器を調整させていただきます」
鈴木之恵は先月の請求書を確認したばかりで、まだ下書きを始めていなかった。柏木秘書の「奥様」という言葉に、無限の思い出が蘇った。
「柏木秘書、これからは呼び方を変えてください。私は藤田社長とは既に離婚しています」
柏木正は頭を掻きながら、気まずそうに笑って、
「はい、奥様」
鈴木之恵は呆れた。
二人がこれからの呼び方について話し合う前に、藤田深志が眼鏡をかけて部屋に入ってきた。
鈴木之恵は彼が以前は近視ではなかったことを覚えていて、眼鏡をかけているのを見るのは初めてだった。それによって彼の持つ鋭さが和らぎ、随分と物腰の柔らかな印象になっていた。
藤田深志はテレビの正面に座り、両手を組んで机の上に置いた。