第82章 境界線を越える

詩織だ!

彼女が入ってきた途端、その場の空気が一変した!

広々としたマンションの中が、急に息苦しくなった。

五人、五つの思惑!

佐藤正臣と須藤陽太は帰りたくなった。二人は芝居を見るのは好きだが、この芝居は見る勇気がなかった。

「家には使用人がいるのに、どうして真子さんに料理を作らせるの?彼女はアナウンサーなのに、油煙の匂いがついたら良くないでしょう?」

詩織は優しく藤原月を諭した。

須藤陽太と佐藤正臣はさらに黙り込んだ。二人とも分かっていた、詩織は越えてはいけない一線を越えたのだと!

彼女は藤原月の境界線を越えた。

藤原月はただ淡々と言った:「彼女だって人間だ。料理を作ったくらいでニュースキャスターができなくなるわけじゃない」

高橋真子は自分が藤原月の心の中では、永遠に普通の人でしかないことを知っていた。確かにそうだった。彼の言葉に問題があるとは思わなかったが……

昼間に小林輝が自分に言った言葉を思い出し、突然息苦しくなった。立ち上がって:「ちょっと用事があるので、先に失礼します!ごゆっくりどうぞ!」

藤原月の視線は彼女にしっかりと注がれていた:「食事が終わったら送る!」

「結構です!詩織さんの面倒を見てあげてください!須藤さん、佐藤さん、さようなら!」

高橋真子は椅子を引いて立ち去ろうとした。

詩織は当然彼女が早く帰ることを望んでいたが、藤原月も突然立ち上がった。

須藤陽太と佐藤正臣は、さっき藤原月の言葉を聞かずにここに残ったことを後悔した。

詩織は扱いにくい存在で、二人も逃げ出したかった。特に詩織が突然胸を押さえて倒れそうになった時、向かいに座っていた二人は肝を冷やした。

「月、胸が苦しいの、もうだめかも!」

詩織は藤原月の袖を掴み、彼に向かって倒れかかった。

「真子、私の携帯を取ってきて!」

藤原月は追いかけずに、詩織を支えながら真子を呼び止めた。

高橋真子は振り返って詩織が気を失っているのを見て、怖くなって帰るのを諦め、急いでリビングに行って携帯を取ってきた。

「大和田ドクターを検索して、電話して。二十分以内に到着すると伝えて」

藤原月は詩織を抱き上げ、素早く出て行った。

高橋真子は大和田ドクターを探して電話をかけながら、玄関を見つめていた。