第92章 それなら一緒に地獄に堕ちよう

「反対です!」

彼女は彼の目を見つめ、弱々しさの中に決意が透けていた。

男の博愛と薄情さが、彼女の若かりし頃の恋愛への憧れを打ち砕いた。

「なら一緒に地獄に堕ちましょう!」

藤原月は呪文のように低く囁いた。

高橋真子はふと思い出した。自分は彼の意思に逆らえないのだと。

彼女の脳裏に木村清の提案が浮かんだ。もしかしたら、しばらく離れるべきなのかもしれない。

彼は再び彼女にキスをし、唇の間で貪るように求めた。

彼女の拒絶は彼の心身を傷つけ、それがまた彼の我儘な暴走を煽った。

彼女の痛みの呻き声は良薬のように、彼の心身を少し和らげた。

その後、藤原月は彼女を前の席に抱き上げ、二人でバーを後にした。

高橋真子は彼のシャツを見て、注意した:「上着はどうしたの?」

「捨てた」

藤原月は冷たい表情で言った。

「……」

高橋真子は呆れて彼を見つめた。もはや彼が潔癖症なのかどうかも分からなくなっていた。

彼の服は全て海外の一流デザイナーが直接手掛けた物で、一般人には手に入らないような品だった。そのデザイナーの価格は'お手頃'だと言われているが、彼は捨てると言えば捨ててしまう。

高橋真子は横暴にも思った。付き合っている関係でなくて良かった。

でなければ、必ず拾い戻すように強要したはずだ!

「後で君の服も捨てることになるよ!」

藤原月は彼女から長らく返事がないので、一言注意した。

高橋真子は反射的に身構え、黒く輝く大きな瞳で彼をじっと見つめた。

藤原月の携帯が鳴り、ディスプレイを見た彼女は自然と静かにしていた。

藤原月は電話に出た:「何だ?」

須藤陽太が言った:「いつ戻ってくる?詩織が酒を飲もうとしてて、もう止められそうにない」

「大和田瑞に連れて行かせろ」

藤原月は言い終わるとすぐに切った。

高橋真子は突然、木村清が前回話していた詩織の飲酒の件を思い出し、大森千夏が詩織は末期癌には見えないと言っていたことも。

まさか!

誰も藤原月にこんな冗談を言う勇気はないはず。

高橋真子は急いでその考えを押し殺し、思わず運転中の彼を見た。彼は本当に詩織に対する気持ちが冷めたのだろうか?

詩織をボディガードに任せるなんて!

彼は潔癖症なのに、そのボディガードが詩織に触れることを許すのか?