「でも真子は帰国したわ」
大森千夏は彼を部屋に招き入れ、お茶を注ぎながら告げた。
——
藤原月は彼女たちのアパートを出る時、思わず自嘲的に笑った。彼女に会いに行く時の言葉を長い間考えていたのに、一言も言えなかった。
人にも会えなかった。
彼女は本当に帰国していたのだ。
藤原月は携帯を取り出し、彼女の番号を見つけたが、黒い瞳で「妻」という文字をじっと見つめたまま、なかなかダイヤルを押せなかった。
太陽が強すぎるせいかもしれない!
彼は頭上の陽光を見上げ、上着と携帯を持って道の反対側へ歩き続けた。
大森千夏は彼が去った後、高橋真子にLINEを送った。「藤原月があなたを探しに来たわ!」
彼の後ろ姿の写真も送った。
高橋真子は帰国後アパートに戻り、夜も更けていた。シャワーを浴びた後LINEを確認すると、その後ろ姿を見た時、心が針で刺されたような痛みを感じた。そして「何か用事があったの?」と返信した。
「出張だって言ってたわ!」
大森千夏は答えた。
高橋真子は、ならついでなのだろうと思った。
「でも出張には見えなかったわ。シャツにシワがあって、まるで遠路はるばるあなたに会いに来たみたいだった」
大森千夏はさらにメッセージを送った。
高橋真子はベッドの端に座ったまま、それ以上返信しなかった。
彼が遠路はるばる彼女に会いに来た?
そんなはずがない。
きっと出張で、おそらくおばあさまに頼まれて彼女に会いに来ただけ、仕方なく来たのだろう。
高橋真子は藤原の方々に帰国したことを告げていなかった。フライトは明後日の午後2時で、代役のアナウンサーが胃腸の具合が悪くなって入院したため、2日間の代理を務めに戻ってきたのだ。
——
翌日、山本勇とニュースを終えた後、一緒に病院へ見舞いに行った。夜、家に帰る時、玄関先で詩織と大和田瑞に出くわした。
詩織は彼女の家の玄関に立ち、表情は虚ろだった。
高橋真子は前に進んで鍵を開け、ドアを開けて入っても彼女のことは気にしなかった。
詩織は自分で中に入り、大和田瑞に言った。「外で待っていて」
大和田瑞は詩織が何を言おうとしているのか分からなかったが、興味もなかった。