鏡の中の腫れた唇を見て、野村香織は怒りが収まらず、携帯を手に取ってボクシングジムへ直行した。両拳を風のように振り下ろしてサンドバッグを殴り続け、ボクシングコーチは傍で震え上がっていた。
彼女は発散する必要があった。さもなければ渡辺大輔のキスで怒り死んでしまいそうだった。彼女は両拳を振り続け、技術も何もない、ただヒステリックな狂気のような打撃を繰り返した。全身の筋肉が乳酸で限界に達するまで、彼女はようやく息を切らして止まった。
やはり、ボクシングは最高のストレス発散方法だった。全身汗だくになる感覚で、心身ともにリラックスできた。床に数分横たわって休んだ後、シャワーを浴びて帰ることにした。
ジムを出たところで、野村香織は不在着信が2件あることに気付いた。全て柴田貴史からのものだった。香織は眉をひそめた。昼に別れたばかりなのに、今度は何の用だろうか。
電話に出ると、香織は言った。「今ボクシングをしていたの。何かあった?」
「渡辺大輔が、私に会いたいと言ってきた」柴田貴史は率直に言った。
香織は眉を上げた。「無視していいわ。私たち昼に別れた直後に彼に会ったの」
「大丈夫だった?彼が何かしたりしなかった?」柴田貴史は心配そうに尋ねた。
香織は答えた。「そんな度胸あるわけないでしょ。私が一発で病院送りにしてやるわよ」
彼女と渡辺大輔の間に何も起こらなかったと聞いて、柴田貴史も安心した。二人は会社のことについて少し話をして、電話を切った。
空を見上げると、すでに夕方になっていた。今日は大気汚染がひどく、空は暗く垂れ込めていて、香織の憂鬱な気分をさらに重くした。
……
花浜ヴィラで豪華なデリバリーの食事を済ませた後、香織はバスタブに浸かった。お風呂に入るのは彼女の大好きなことで、今日は2時間もボクシングをしたため、とても疲れていた。バスタブに横たわっているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
どれくらい眠っていたのかわからないが、浴室のAIシステムの小小が彼女を呼び起こしてくれた。香織はバスタブから出た。小小がいてよかった。でなければ朝まで浴槽で寝てしまうところだった。