第113章 不眠症

鏡の中の腫れた唇を見て、野村香織は怒りが収まらず、携帯を手に取ってボクシングジムへ直行した。両拳を風のように振り下ろしてサンドバッグを殴り続け、ボクシングコーチは傍で震え上がっていた。

彼女は発散する必要があった。さもなければ渡辺大輔のキスで怒り死んでしまいそうだった。彼女は両拳を振り続け、技術も何もない、ただヒステリックな狂気のような打撃を繰り返した。全身の筋肉が乳酸で限界に達するまで、彼女はようやく息を切らして止まった。

やはり、ボクシングは最高のストレス発散方法だった。全身汗だくになる感覚で、心身ともにリラックスできた。床に数分横たわって休んだ後、シャワーを浴びて帰ることにした。

ジムを出たところで、野村香織は不在着信が2件あることに気付いた。全て柴田貴史からのものだった。香織は眉をひそめた。昼に別れたばかりなのに、今度は何の用だろうか。