第309章 彼女の名は野村香織

午後五時二十分、野村香織は水雲亭の駐車場に車を停めた。ここは彼女にとってはまだ馴染みのある場所で、渡辺大輔と結婚する前にも何度か商談で訪れたことがあった。

ここの案内係はとても丁寧で、遠くから彼女を見かけるとすぐに迎えに来た。「野村社長、お待ちしておりました。渡辺社長は既にお着きです。水月亭個室までご案内させていただきます。」

水月亭は、水雲亭で最高の個室で、普段は一般客には開放されていない。河東市全体でもここで食事ができる資格のある人は少なく、渡辺大輔が予約と言えばすぐに予約が取れるということは、彼が河東市でどれほどの影響力を持っているかを物語っていた。

案内係について水雲亭に入ると、中は迷路のようで、エレベーターで3階まで上がり、さらに何度も曲がりくねった後、ようやく水月亭個室の入り口に到着した。

案内係が入室を促すジェスチャーをした。「野村社長、こちらでございます。」

野村香織は微笑んで頷いた。「ありがとうございます。」

そう言うと、彼女はノックもせずに個室のドアを勢いよく押し開け、長い脚で中に入っていった。渡辺大輔と関口勇が中に座っており、二人の表情から、何か話をしていたところのようだった。

ドアが開く音を聞いて、関口勇は話を途中で止め、反射的に入り口の方を向いた。野村香織が入ってくるのを見て、少し驚いた様子だった。この食事会にもう一人参加者がいることは知っていたが、まさか野村香織だとは思わなかった。離婚した二人が同じテーブルで食事をするなんて?

関口勇は眉を上げ、元々の笑顔は消えていた。渡辺大輔が突然彼を食事に誘ったのは、関口美子のことだと思っていた。結局のところ、彼は心の中で渡辺大輔を将来の婿として見ていたのだから、二人の関係が進展して、結婚の話が出るところまで来たのかと思っていたのに、こんなことになるとは。

野村香織を見て、彼はようやく昨日光文堂の秘書が「後ほど誰かから連絡があります」と言った意味を理解した。そういうことだったのか。

もし彼の推測が正しければ、今日の食事会の主役は野村香織のはずだ。渡辺大輔を見ると、さっきから「将来の義父」である自分が延々と話し続けているのに、この「将来の婿」は終始うつむいたままの様子だった。

「渡辺君、なぜ彼女も呼んだんだ?」関口勇は詰問するように言った。