450 偶然の出会い

島田香織は手を上げて、手首を見つめ、しばらくしてから気づいたように言った。「もう9時半よ、帰らないと」

そう言うと、島田香織は藤原航の胸に顔を寄せ、彼の腕の中で少し擦り寄った。まるで眠たがっている子猫のようだった。

藤原航は胸元の島田香織を見つめ、心が一瞬で柔らかくなり、優しく尋ねた。「今、歩けるの?ベイビー?」

「何言ってるの!」島田香織は藤原航の腕の中から顔を上げ、不満そうに唇を尖らせながら強調した。「私、酔ってないわ!」

藤原航は島田香織のその様子を見て、思わず笑みがこぼれた。「うん、その通りだね。君は酔ってない。じゃあ、帰ろうか」

「うん」島田香織は真剣な面持ちで頷いた。

藤原航が前を歩き、島田香織の手を引いてエレベーターへと向かった。

島田香織は不思議と、とても安心感を覚えていた。藤原航と一緒なら、どこへ行っても怖くないような気がした。

島田香織は自分が酔っていることを認めなかったが、藤原航には分かっていた。彼女はもう酔いが回っていた。

エレベーターのドアが開いた時、島田香織は中に立っている陸田健児を見て、酔いが少し醒めた。

藤原航は島田香織の手を引いて中に入り、陸田健児の反対側に立った。

エレベーター内の雰囲気は一瞬にして重苦しくなった。

陸田健児の秘書である東山光は、陸田健児の傍らに立ち、彼の顔に浮かぶ笑みを見て、思わず身震いした。

陸田社長は今こそ笑っているものの、その笑顔には刃が隠されており、背筋が凍るようだった。

東山光は自分の存在感を必死に消そうとした。巻き込まれないようにするためだ。

エレベーターの数字表示が「2」から「1」に変わり、「ディーン」という音と共にドアが開いた。

陸田健児は薄ら笑いを浮かべながら、藤原航の隣にいる島田香織に視線を向け、「おめでとう」と言った。

陸田健児の言葉には誠意が全く感じられず、「おめでとう」という感情は微塵も含まれていなかった。

藤原航は陸田健児の方を横目で見て、皮肉めいた笑みを浮かべながら言った。「私からも陸田社長におめでとうを」

島田香織は藤原航の言葉を聞いて、瞳に戸惑いの色を浮かべ、不思議そうに藤原航を見つめた。なぜ「おめでとう」と言ったのか分からなかった。

陸田健児の表情が一瞬にして暗くなった。