アパート、地下駐車場。
藤崎千颯は、そのまま立ち去るべきか、それとも上がって様子を見るべきか、焦りながら考えていた。
そのとき、エレベーターホールの方向から藤崎雪哉が歩いてくるのが見えた。
ただし上着は着ておらず、ネクタイもなく、シャツの襟のボタンも数個外されていた。
普段の冷たく厳格なイメージとは一変し、全身から...欲求不満の色気が漂っていた。
藤崎雪哉は車に乗り込み、「天水ヴィラに戻る」と言った。
藤崎千颯は不思議そうに振り返って後部座席の人を見た。さっき入っていくときはきちんとした身なりだったのに。
今は服装が乱れて出てきたということは、何かあったに違いない。
でも本当に何かしたのなら、彼が下りてきたのはたった30分前だ。兄さんが...そんなに早いわけないだろう。
「発車しろ!」
藤崎雪哉はシートの背もたれに寄りかかり、長旅から戻ってきたせいか、少し疲れた表情を見せていた。
藤崎千颯は大人しく車を発進させ、アパートを離れながら、時々バックミラー越しに後ろの人を観察していた。
「兄さん、荒木雅のこと...本気なの?」
以前は、兄が荒木雅に対して肉体的な興味を持っているだけだと思っていたが、今日の様子を見ると、それだけではなさそうだった。
まさか、本当に心を動かされたのだろうか。
「ああ」藤崎雪哉はあっさりと答えた。
最初は、彼女との関係を持った後、彼女の体を求めているだけだと思っていた。
しかし徐々に、自分が求めているのはそれだけではないことに気づいた。
以前、彼女が藤崎家に数ヶ月滞在していたとき、彼はこのような感情を全く抱いていなかった。
しかし、彼女が天水ヴィラを去った後、再会してから。
魂の奥底からこんな狂おしい思いが湧き上がり、ある声が彼に告げているようだった。
これこそが彼の求めていた人、彼女なのだと。
藤崎千颯はバックミラー越しにちらりと見て、「じゃあ...なんで下りてきたの?」
服もそんな風に脱いでたのに、泊まらずに、なんで天水ヴィラに戻るんだよ。
「彼女は俺のことが好きじゃない」と藤崎雪哉は言った。
「そんなわけないよ、彼女は前に兄さんを見たとき、犬が骨を見つけたみたいに目を輝かせてたじゃん」藤崎千颯は信じられなかった。