畑野信彦は帰り道で神崎弥香からの電話を受けていた。彼は三神律が西田秀子の死を知ったことを理解していたので、三神律の今の気持ちも理解できた。
彼は数歩で三神律の前に歩み寄り、軽く彼の肩を叩いて慰めた。「律、君がお婆さんの最期に会えなかったことで辛い気持ちはわかるよ。でも、私たちは前を向かなければならない。西田お婆さんの臨終の願いは君が目覚めることだった。彼女が天国から君が目覚めたことを知れば、安らかに眠れるだろう」
三神律は彼を見つめ、沈んだ声で尋ねた。「祖母は最期に、私に何か言葉を残したか」
西田秀子が臨終前に畑野信彦に三神律へ渡すよう頼んだ鍵を、彼は少しも油断せず常に身につけていた。彼は外套の内ポケットからその鍵を取り出して三神律の手に渡し、ありのままに言った。「西田お婆さんは亡くなる前、私を呼んで、これは彼女が銀行の貸金庫に保管している鍵だと言いました。中には彼女の遺言とすべての価値あるものがあり、君が目覚めたらこの鍵を渡すようにと言われました」