霧島律は頭を下げている高橋優奈に視線を落とし、少し眉をひそめた。
彼が口を開いた時、その口調には責める意味は全くなく、むしろとても優しかった。「どうしたの?」
頭上から聞こえた馴染みのある声に、高橋優奈は思わず顔を上げた。霧島律を見た時、彼女の瞳には何とも言えない感情が浮かび、赤い唇が微かに動いた。「どうしてここにいるの?」
霧島律は女性の腫れた目と、見るも無残に憔悴した顔を見て、眉をさらに深くひそめた。「昨夜...泣いていたのか?」
高橋優奈は何も言わず、足を踏み出して中に入ろうとした。
しかし手首が男に掴まれ、霧島律は少し足を動かして高橋優奈の前に立ち、からかうような口調で言った。「よく眠れなかった?朝、出かける時に鏡を見た?」
「あなたに関係ないでしょ」高橋優奈はそう言いながら、彼の手を振り払おうとした。
霧島律は人に無理強いするタイプではなく、ましてや元カノの前では尚更だった。彼は何も言わずに彼女の手を離した。
二人は一緒に中に入り、高橋優奈は疑わしげに目の端で後ろの男を盗み見た。
彼は自分についてきて、自分が授業を受ける場所まで来ても、少しも去る気配がなかった。
高橋優奈は振り返って彼に尋ねた。「なぜずっと私についてくるの?」
「いや、ここはちょうど私が来るべき場所なんだ」
高橋優奈は彼を一瞥し、何かを理解したようだった。確認のために、もう一言尋ねた。「料理を習いに来たの?」
霧島律は首を振った。「違うよ」
「じゃあ何しに来たの?」
霧島律は唇の端を少し上げ、魅力的な笑顔を浮かべた。「僕はこの料理学校の特別講師で、毎月ここで何回か授業を教えているんだ」
「な...なに?」
男の唇の端には意味深な笑みが浮かび、高橋優奈を見る目はずっと優しくなった。「ムースソング西洋料理店を知ってる?」
高橋優奈は思わず口にした。「最近オープンして評判がいいけど、毎日10人しか客を受け付けない高級西洋料理店のこと?」
言い終わると、彼女はどこか違和感を覚えた。
高橋優奈の驚いた様子を見て、霧島律は徐々に顔から笑みを消し、口調も真剣になった。「あれは私のレストランだ」
「そう、いいじゃない」高橋優奈はさらりと返した。彼女は今、霧島律とこれ以上話したくなかった。