河合航平のこの言葉を聞いたとき、根岸詩音は驚かずにはいられなかった。
彼女の顔に浮かんでいた冷笑がたちまち薄れ、目の中の表情もそれに伴って深くなった。
空気が一瞬にして静まり返った。
傍らにいた高橋優奈は、根岸詩音が電話をまだ耳に当てているのに、長い間何も言わないのを見て、さらに先ほどの彼女と河合さんとの会話の口調を考え合わせると、向こうが何か返答する価値のないことを言ったのだろうと判断できた。
この静寂は約1分ほど続き、根岸詩音がようやく再び声を出した。「わかった、会いに行くわ」
言い終わると、彼女は河合航平の返事を聞かずに、すぐに電話を切った。
根岸詩音は高橋優奈の方を向いて言った。「優奈、ちょっと出かけてくるわ」
「でも、婚約式の時間がもうすぐじゃない?」
根岸詩音は自分の携帯電話を高橋優奈の手に渡した。「大丈夫よ、私の携帯を持っていて。今から河合さんに会いに行って、話が終わったら直接メイン会場に行って、氷室直人と婚約式を行うわ」
高橋優奈は少し考えてから、頷いた。「わかったわ、私も綾瀬さんを探しに行くわ」
「いいわね」
言葉が終わると、根岸詩音は足を踏み出して出て行った。
……
メイン会場。
綾瀬光秀は片手をスラックスのポケットに入れ、もう片方の手でワイングラスを持ち、無造作に揺らしていた。
男の目は、彼の隣に立っている河合航平に落ちていた。
河合航平は切られた電話を一瞥し、軽く眉を上げると、手に持っていた携帯電話をバーカウンターに投げ、赤ワインを一杯取り、綾瀬光秀の手にあるグラスと軽く合わせてから口に運んだ。
ワイングラスと唇の間に距離ができたとき、男の口角が少し上がった。
続いて綾瀬光秀の声が耳元で響いた。「どうした、根岸さんに断られたのか?」
彼は軽く笑い声を出した。「俺が簡単に断られるような人間に見えるか?」
綾瀬光秀は彼に向けていた視線を引き、もう相手にしなかった。
河合航平はワイングラスを置き、綾瀬光秀に向かって言った。「また後でな」
言葉が落ちると、彼は足を踏み出してメイン会場を離れた。
綾瀬光秀はただ淡々と彼の背中を一瞥しただけで、まったく気にせずに視線を戻した。
ただ……
視線を戻すと同時に——
彼は河合航平が置き忘れた携帯電話を見つけた。
……