千雪は彼の腕の中で顔を上げ、突然真剣な表情で言った。「辰彦、私が子供をもう産みたくないわけじゃないの。ただ、少し時間を置きたいだけ……」
「わかっているよ」彼は彼女の背中を優しく撫でながら慰めた。「今はこの小さな赤ちゃんだけで十分だ。君が痛みを恐れなくなったら、妹を産んであげよう」
「うん」千雪は可愛らしく頷き、こっそり微笑んだ。男の子か女の子かなんて、彼らが決められることじゃないのに。彼女は再び夫の胸に身を寄せ、小さな手で彼の部屋着のボタンをいじりながら言った。「辰彦、会社に戻ったほうがいいわ。家にはお手伝いさんもいるし、会社の仕事は大事でしょう……」
「いや、妻が大事だ」
「じゃあ冷泉家はどうするの?」
「大事さ」
「じゃあ早く仕事に行かなきゃ。どれくらい休んでるの?」
「半月だ、そんなに長くない」
「じゃあ、これからの新婚旅行はどうするの?」
「新婚旅行?」男性の瞳が輝いた。「どこに行く?ハワイはどう?」
「いいわね」彼女は笑った。「スイスもいいわよ」
「スイスはダメだ」彼はきっぱりと否定した。
「どうして?」彼女は首を傾げて、可愛らしく笑った。
「とにかくスイスはダメだ。会うべきでない人に会ってしまうかもしれない」
「スイスはそんなに広いのに、則安に偶然会うなんてことあるの?」彼女は彼をからかい続けた。
彼は彼女をぎゅっと抱きしめ、強引に言った。「ハワイに行こう。これで決まりだ。他のことは考えるな!」
「じゃあ、今は仕事に行かないの?」彼女は彼の腕の中で幸せそうに口元を緩めた。
「明日行く。今日はまず息子の名前を決めよう」彼はそう言った。
「え?」彼女は驚いて顔を上げた。「決まったの?」
彼は神秘的に微笑んだ。「まだだけど、すぐに決まるよ」そう言って、彼女から離れて急いで部屋を出て行った。
戻ってきたとき、彼は分厚い大きな本を抱えていた。宝物を見せるように差し出して言った。「父さんが言うには、これは名前の大全集で、僕の名前もここから来たんだ」とても真剣な様子だった。
千雪はまた笑いそうになり、本をベッドサイドテーブルに置き、夫をベッドの端に座らせた。「辰彦、お腹が空いたわ。赤ちゃんもお腹が空いてるの」
冷泉辰彦の黒い瞳が暗くなった。