賀川心は緊張で手に汗をかき、心臓が胸から飛び出しそうだった。
「縁子……」彼女は人混みの中で大声で叫び、何度も何度も呼び続けた。
「お兄ちゃん……」米子も一緒に叫び始めた。
母娘二人は人混みの中を何周も回り、叫びながら探し続けた。何回叫んだかもわからない。
そのとき、突然米子が飛び上がった。
「ママ、見て!お兄ちゃんが連れ去られてる!」米子は遠ざかっていく黒い服を着た男を指さした。その男の腕の中にいる子供は確かに彼女の兄だった。彼女は兄が今日あの帽子をかぶっていたことを覚えていた。
賀川心は米子を抱えて走り出した。彼女は焦りに燃え、全ての力を振り絞るかのように、必死にその男に向かって走った。
縁子、彼女の縁子、なんてこと……誘拐犯だ、誘拐犯だ。
しかしその男も彼女たちに気づいたようで、すぐに走り出した。その速さは賀川心が太刀打ちできるものではなかった。