第163章 別れを告げに来たのではない

「こちらへどうぞ」看護師が病室のドアを開けた。

今は面会時間ではなかったが、佐藤凡太は重症患者ではなく、羽柴明彦は病院のVIP顧客だったため、特別に土曜日の午前中に面会時間を設けてもらっていた。

夏目芽依は椅子をベッドの横に移動させ、再び佐藤凡太の手を握ると、懐かしい感覚が胸に込み上げてきた。

事故から既に8ヶ月近く経っていたが、佐藤凡太はまだ目覚めていなかった。長期間運動不足のため、以前ほど健康的な体つきではなくなっていた。しかし、良質な治療とケアのおかげで、全体的には大きな変化はなかった。

「少し二人きりにしてもらえますか?」夏目芽依は羽柴明彦の方を振り向き、目に懇願の色を浮かべた。今日は一緒に来ることを承諾したものの、別れの言葉は佐藤凡太一人だけに聞かせたかった。