秋山直子は骨付きのスペアリブにかじりつき、俯いたまま一心不乱にそれを齧っていた。その表情はどこか投げやりで、まぶた一つ持ち上げようともしない。
宮本晴がカッとなりかけた瞬間、森田麒太が鋭い視線を送ってきた。
仕方なくて怒りをぐっと堪え、冷たい顔で先程の言葉を繰り返した。
直子の座り方は実にお行儀が悪く、足を組み、片手で箸を持ち、もう片方の肘はテーブルについている。
まるで女親分のような座り方で、傲岸不遜そのものだ。
今ようやく声が聞こえたとでもいうように、直子はちらりと視線を上げた。
直子がバイオリンを習っていたと聞き、森田錦也も顔を上げて直子を見た。
直子の声が聞こえた。「バイオリン?」
そこまで言うと、彼女は手で顎を支え、ふっと笑った。その声は乾いていて、どこか薄情な響きがあった。「ああ、あれね。全部弾けないわ」
「弾けない?何ですって?あなた、小さい頃から習っていたじゃないの」宮本晴は箸を握る手に力が入り、関節が白く浮き出ている。歯を食いしばって言った。「毎年、バイオリンのレッスン料として、お金を送っていたのよ。山田先生はあなたに才能があると評価され……」
「ああ」直子はゆっくりとした手つきでリブを弄びながら言った。「山田先生の息子さんの頭をカチ割ってからは、会ってないわね」
食卓に、気まずい沈黙が漂った。
秋山直子は頬杖をついたまま笑っている。底意地の悪そうな、冷たい笑みだ。
少し吊り上がった精緻な目元には、少年のような不遜さが浮かび、よく見ると、どこか浅薄な残忍ささえ漂っている。
宮本晴の言葉を借りるなら、まさに「荒くれ者」。荒々しく野性的で、艶っぽくもあり妖艶でもあり、それでいて掴みどころがなく、触れることさえできない。
なんなのよ、このムカつく表情は!
なんなのよ、このふざけた口調は!
晴は彼女を睨みつけ、目尻が怒りで真っ赤に染まっている。「直子っ!?」
桜川第一高校には芸術クラスがある。晴は、直子が子供の頃バイオリンを上手に弾いていたことを覚えていた。勉強が駄目なら、別の道に進むのも一つの手だ。芸術の道も悪くない。
まさか直子が、こんな形で度肝を抜くような「サプライズ」をくれるとは思ってもみなかった。
森田麒太は午後、秋山直子の履歴に目を通しており、その子が一筋縄ではいかない人物だということは知っていたが、これほど棘があるとは思わなかった。
鈴木さんが晴にお茶を出すと、晴はため息をつき、それを飲み干した。ようやく一息つくと、もうその件には触れなかったが、ぴんと張った背中が、彼女の機嫌が相当悪いことを示していた。
森田麒太は仕事で忙しく、当然、田中静や秋山直子に構っている暇などなかった。
あるいは、その必要性を感じていなかったのかもしれない。
食事が終わると、皆ばらばらになった。
秋山言葉は森田錦也が電話で話しながら出て行くのを見ると、宮本晴晴に行儀よく声をかけ、階上の自室へバイオリンを弾きに行った。
晴は下の娘を見て、それから上の娘を見た。どちらも自分の産んだ子なのに、どうしてこうも出来が違うのだろうか。
「直子、お祖母様と一緒、とりあえず三階にいてちょうだい。後で鈴木さんにもう一部屋用意させるから」晴は眉間を押さえ、わずかに顔を背け、こみ上げる怒りを抑えながら低い声で言った。「二階は寝室以外は言葉の練習部屋なの。むやみに邪魔しないでちょうだい」
秋山言葉が部屋を出て行くと、晴の顔から温かい表情が消え失せた。
直子は手すりに寄りかかり、頷いた。表情は無感動だ。
直子のその態度は、まあまあ素直と言えた。一日中鬱々としていた晴の表情がようやく少し和らいだ。結局のところ、自分の身から出た子なのだ。それなりの情はある。
晴が静と生活のことについて少し話した後、振り返ると直子がまたスマートフォンを手にしているのが目に入った。彼女は眉を顰め、何か言おうとした。
ちょうどその時、二階の練習部屋のドアが完全に閉まっていなかったらしく、優雅で美しいバイオリンの音色が漏れてきた。
晴は満足そうな表情を浮かべ、鈴木さんに向き直って言った。「どうやら言葉は、もうすぐ十級の試験を受けられそうね。直子!少しは妹を見習いなさい。物事は最後までやり遂げるものよ」
話の矛先は、また直子へと向けられた。
直子は二階を一瞥し、まぶたを少し持ち上げた。その瞳は、どこか悪戯っぽさを秘め、それでいて息をのむほど美しく、相変わらず荒々しい雰囲気を漂わせている。
そして、くるりと背を向け、階上へ上がっていった。その足は、まっすぐで長い。
宮本晴の言葉は完全に無視された。
なんて社会性のない子だ。
晴は直子の背中を指さし、顔を真っ赤にして怒りに震え、頭の中では、この子がレンガで人の頭を何度も何度も殴りつける光景が浮かんでいた……
田中静は眉をぴくりと動かしたが、やはり直子を責める気にはなれず、必死に晴をなだめた。
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階上では、メイドが既に田中静の荷物を隣の部屋へ運んでいた。
直子はシャワーを浴び、髪を完全に乾かさないまま、バスローブの帯を結びながら、バックパックからあの新品同様に見えるパソコンを取り出した。
パソコンの隣には、あの分厚いスマートフォンが置かれている。いつもゲームをするのに使っているものとは違うようだ。
スマートフォンには目もくれず、タオルを頭に押し当て、パソコンをテーブルの上に置いた。蓋を開けると、即座にデスクトップ画面が現れた。
デスクトップはすっきりとしており、一面の砂漠の背景以外には、白いマウスカーソルがあるだけで、他のアイコンは一切見当たらない。
情熱的でありながら、どこか息苦しさを感じさせる砂漠の色だ。
直子はいくつかのキーを押し、それから立ち上がって水を一杯注ぎ、それを持って椅子に座った。すると、パソコンの画面に一人の顔が現れた。
相手は白いシャツを着ており、異国の路上にいるようだ。片手にはスマートフォン、もう片方の手には医療箱を提げている。
真っ白なシャツを着こなし、睫毛は長く、肌は白い。その顔立ちは、美しいと形容するのが相応しい。
「君のこと、誰かが調べてる」直子は椅子の背にもたれかかり、水を一口飲んだ。「東京の人間よ。相手の資料は送っておいたわ」
直子が六歳の時、隣の家で独学で小学校の課程を終えた後、自分は他人とは違うのだと気づいた。
同年代の子供たちとは馴染めず、時折、発作的に凶暴になることもあった。
近所の人々は彼女を精神病だと思い込み、敬遠していた。
宮本晴と秋山勇は毎日喧嘩に明け暮れ、直子の状況にあまり注意を払っていなかった。ただ、喧嘩好きで、神経に問題があり、学校へ行きたがらないことだけは知っていた。
離婚の際も、どちらも彼女を引き取りたがらなかった。
8歳で、直子は高校の内容を独学で習得した。
9歳で、人生最初のパソコンを自分で組み立て、自作のコードでハッカーサイトを攻略した。
ビデオ通話の画面に映る男は、どこか妖艶な瞳を細めている。鼻筋は高く、その顔立ちは華やかで美しい。異国にいても、行き交う人々が思わず振り返るほどだ。
古賀千暁(こが ちあき)、各地を放浪する医者。医術は極めて高く、性格は風変わり。世界中を旅して貧しい人々を治療している。
今回、中東でテロ事件が発生ので、彼はすぐに自分の医療箱を提げて世界を救いに行った。
直子は古賀千暁が医者であることだけを知っている。
千暁もまた、彼女がハッカーであること、秋山直子であることだけを知っている。
二人は生死を共にするほどの仲だが、互いの事情を探ることは決してなかった。
「俺は大丈夫だ」千暁はタバコを咥え、別のスマートフォンを取り出して直子から送られてきたメールを確認し、言葉を濁しながら言った。「お嬢ちゃん、この件には首を突っ込むな。こっちで何とかする」
千暁は資料に目を通し終えると、何食わぬ顔でそのスマートフォンをポケットにしまい込んだ。
「相手は、ただ者じゃないの?」直子はカップをテーブルに置いた。
千暁は無造作に頷いた。
直子は傍らに放り投げていたタオルを掴み、片足をもう一方のテーブルの脚に掛けた。その動作はゆっくりとしていて、それでいてとんでもなく野性的だ。
髪を拭き続けながら、落ち着いた声で言った。「好きにすればいいわ」
「落ち込むなよ。君がもっと成長して、せめて最近国内のネットで噂になってる和連合とかいう組織のQくらいになったら、外の世界を見せてやるよ」千暁は通りすがりの外国人に道を尋ねながら、ついでに直子を慰めた。