千葉にて

八月の終わり、太陽が真上に照りつけ、小さな町はむわっとした熱気に支配されていた。

町の中心にある古びた診療所。その2階の、少し剥げた扉の傍らには、一人の少女が気だるげに寄りかかっていた。シンプルな白黒の格子柄のシャツを着て、俯くと、襟元が少し崩れる。

両方の袖は無造作に捲り上げられていた。

下はローライズのジーンズ。少し色褪せていて、彼女の動きに合わせて、引き締まった細い腰が一瞬覗いた。

目を奪われるほどの美貌だ。

看護師は、ある男が三度も少女の前を通り過ぎるのを見て、少女に棒付きの飴を一つ差し出し、病室の方を顎でしゃくった。「直子ちゃん、ご両親が来たの?」

秋山直子(あきやま なおこ)は俯いたまま飴の包み紙を破り、長い睫毛を伏せ、それを口に含んでから、ようやく半眼で答えた。「……たぶん」

看護師は「へえ」と舌打ちし、「そうは見えないけど」

それだけ言うと、カルテを抱えて慌ただしく去っていった。

病室内には、直子の実の両親、宮本晴(みやもと はる)と秋山勇(あきやま いさむ)がいた。

二人は十数年前に離婚しており、直子はずっと母方の祖母と暮らしていた。半月前に祖母が病に倒れ、転院の必要に迫られたため、宮本晴と秋山勇が戻ってきたのだ。

秋山直子は壁に背を預け、片膝を軽く曲げ、無表情のまま聞いている。

扉越しにも、宮本晴の声がひどく冷たいのが分かる。「秋山さん、母の容態が悪いの。千葉に連れて行って療養させるわ」

秋山勇は宮本晴に視線を向けた。皮肉なのか、それとも別の感情なのか、複雑な眼差しだった。「直子は退学になったんだ。長浜町じゃ、あの子を受け入れてくれる学校はない。ちょうどいい、あんたが森田家に連れて帰ればいい。森田家ならコネもあるだろうし、きっといい学校を見つけてくれるさ」

「こっちはもう言葉を連れて森田家に嫁いだのよ。もう一人を連れて行けって言うの?森田家の人たちにどう思われるのよ……」宮本晴は勇の無理難題にうんざりしているようだった。直子のような子に、学校が見つかるなんて、そう簡単なことだろうか。

この話になると、秋山勇の不満は明らかだった。「俺は最初、言葉を引き取りたかったんだ。あんたが直子をいらないからって、俺に押し付けるのか?」

彼らには二人の娘がいた。秋山直子と秋山言葉。年は一つ違いだが、あらゆる面で天と地ほどの差があった。

離婚の際、言葉の親権を巡って、二人は激しく争った。最終的に言葉自身が母親について行きたいと言い出し、ようやく裁判は終わったのだった。

その時、直子は誰にも望まれず、二人は互いに責任を押し付け合い、結局誰も引き取らなかった。

不憫に思った母方の祖母、田中静(たなか しずか)が、一人で直子を12年間育ててきた。

病室内で、宮本晴は秋山勇の嘲るような顔を見て、ぐっと怒りをこらえた。秋山言葉と比べて、誰が喧嘩ばかりする娘を引き取りたがるだろうか。しかも、名家に連れて行くのだ。何かにつけて笑いものにされるに決まっている。宮本晴は心の底から嫌でたまらなかった。

秋山勇は子供の頃、この町に連されてきた男だった。貧しい青年だったが、田中静は勇を見初めた。結婚して数年で、宮本晴は勇の向上心のなさに耐えられなくなった。彼は煉瓦運びか工事現場の仕事ばかり。晴はあっさりと離婚した。

離婚後、晴は言葉を連れて千葉の裕福な家に嫁いだ。

秋山勇もすぐに再婚し、現在の妻との間に息子も生まれ、生活は順調だった。

秋山勇は失うものがない身だが、宮本晴は彼が本当に森田家に乗り込んでくることを恐れていた。そんなことになれば、自分の面目が丸潰れになる。結局、苦虫を噛み潰す思いで、不承不承、直子を千葉に連れて帰ることにしたのだった。

「直子、あんたも……」病室から出てきた秋山勇は、秋山直子を見て、ふと言葉を詰まらせ、溜息をついた。「森田家は金持ちだ。お母さんと一緒に行けば、きっと良い学校を見つけてくれて、高校3年生として通わせてくれるはずだ。もしかしたら、大学にだって行けるかもしれないぞ」

直子の成績で大学に行けるかどうか……秋山勇はただ口から出まかせを言っただけだった。

勇は今、息子を養っており、負担も小さくない。都会に家もまだ買えていない。将来のことを考えなければならない。

来る前に、今の妻から釘を刺されていた。直子を連れて帰ってはならない、と。

直子は壁にさらに身体を預けた。診療所の廊下にはエアコンがなく、むっとするような空気が澱んでいる。彼女は少し俯き、指先でブラウスの第2ボタン、白玉のようなそれを弄んでいた。

指は細く、一点の曇りもなく、まるで冷気をまとった凝固した玉脂のようだ。

美しすぎるほどの目元は、冷たく、そして苛立っている。

直子は勇の言葉を気にも留めず、そのボタンを外すと、ふと目を細め、廊下の真正面にある窓を見た。瞳に鋭い光が宿る。

窓から数メートル離れた場所に、一つの事務室があった。

向かいのオフィスでは。

椅子に座った若い男は、禁欲的な白衣を身に纏い、涼やかな顔立ちに、すらりとした長身だった。

診療所に最近赴任してきたばかりの主任、江戸川和葉だ。

江戸川和葉は、向かいにある、診療所にそぐわない高級そうなソファに目をやった。

ソファには一人の男が横たわり、指先には一本のタバコが挟まれている。指は長く、節くれだっている。淡い色の煙が薄らと立ち上り、腕はだらりと投げ出され、視線は半ば宙を凝視しているようだった。

江戸川和葉はその男の視線を追って外を見た。「何見てるんだ?」

男は黒いシルクのシャツを着て、ソファに深く身を沈め、背をもたせかけ、笑った。「……なかなかいい腰つきだな」

彼は首を傾げ、鼻筋は高く、肌は極めて白い。半眼で、非常に長い睫毛が瞳の奥を覆い隠し、ぼんやりとしていて、あまりにも冷淡な印象を与える。

目覚めたばかりなのか、声は低く掠れているのに、どこか不意に澄んだ響きを帯びていた。

どこか清絶な雰囲気を纏っている。

「ん?」和葉はカルテをめくり、聞き取れなかった。

顔を上げ、その艶めかしい色香を目にして、東京の男も女も、この神崎家の三男、神崎深一(かんざき しんいち)に夢中になるのも、無理からぬことだと感じた。

「お前には関係ない」深一は長い足を伸ばし、ソファに寄りかかり、軽く笑ってから口を開いた。「二、三日したらこっちの任務は終わる。お前は東京に戻れ」

「神崎くんは?」和葉は我に返った。

骨張った指が、タバコを灰皿に押し付けて揉み消した。

深一は立ち上がった。二本の足はまっすぐで長い。少し伏せた瞳には霧が立ち込めている。彼は、存在しないはずの服の埃を手で払いながら、気のない様子で言った。「別の任務がある」

**

宮本家の車は、小さな町の診療所の階下に停まっていた

それは黒いBMWで、千葉のナンバープレートがついていた。

宮本晴は医者との話を終えると、秋山直子と田中静を連れてそのまま千葉へ向かった。

「森田家はしきたりが多いのよ。あなたの悪い癖を森田家に持ち込まないでちょうだい。分かった?」晴は首を傾け、眉間を揉んだ。

直子は黒いバックパックを1つだけ持ち、それを膝の上に載せ、半眼で眠たそうに、気のない様子で頷いた。

細くまっすぐな脚を組んでいる。

全身から、何をしでかすか分からないような荒々しい雰囲気が漂っている。話を聞いているのかどうか、定かではない。

「そんなに眠いの?昨日の晩、泥棒でもしてたの?」森田家で12年間、貴婦人として暮らしてきた晴は、今や立ち居振る舞いのすべてが優雅だった。

彼女が最も嫌悪するのは、直子に染み付いた、勇と瓜二つの粗野な雰囲気だった。

直子はポケットから黒いイヤホンを取り出し、耳に着けようとしながら、無頓着に言った。「ネットカフェで一晩中ゲームしてた」

その顔を上げた拍子に、中途半端に掛かっていたイヤホンが襟元に滑り落ち、首にかかった。

「な……これからはネットカフェに行くのは禁止よ!」宮本晴は彼女のその不真面目な様子を見て、歯を食いしばった。「言うことを聞きなさい。あなたが言葉ちゃんの十分の一でもできたら、私もこんなに口うるさく言わなくても済むのに。森田家は祖母の静様の家とは違うのよ。その一挙手一投足が妹に影響するの。自分がどうなろうと構わないかもしれないけど、言葉ちゃんにまで迷惑をかけないでちょうだい」

これからコネを使って、森田麒太(もりた きんた)に頼んで直子を高校3年生に編入させなければならないと思うと、晴はますますイライラした。

今の状況では、千葉中を探し回っても、秋山直子を受け入れてくれる学校など見つからないだろう。

彼女は昔、その美貌を頼りに、妻を亡くした不動産業者の森田麒太と結婚した。

秋山言葉は子供の頃から非常に賢く、可愛らしくて人懐っこかった。

成績優秀で、才能にも恵まれ、森田家の人々が彼女の学業のことで一度たりとも心配したことはなかった。

どこへ行っても、他の人々が口にする「お手本にしたい子ども」だった。

森田家の人々は言葉にこの上なく満足していた。

晴が言葉を連れて森田家に嫁いだのは、当然喜ばしいことだった。

しかし、これから直子を森田家に連れて行かなければならないことを考えると――

宮本晴は昼食を食べる気力さえ失せていた。

**

午後4時、黒いBMWが千葉の森田家の別荘の前に停まった。

「奥様、お帰り……」ドアを開けたのは、青いブラウスを着た中年女性だった。宮本晴の後ろにいる田中静と秋山直子を見て、目を丸くした。

晴は胸が詰まるような思いで、苛立たしげに言った。「鈴木さん、こちらは母の静と娘の直子です。中に案内してちょうだい。言葉がもうすぐ学校から帰ってくるから、迎えに行ってくるわ」

秋山言葉はいつも森田家の運転手が送り迎えをしていた。

今日、晴が自ら迎えに行くのは、はっきり言えば、気が滅入っているからだ。家で直子と顔を合わせたくない。外に出て一息つきたかった。

鈴木さんは晴を見送ると、ようやく二人の方へ向き直り、疑わしげな視線を向けた。

「おばあ様、秋山さん」鈴木は上から下まで、極めて隠微な視線で二人を値踏みするように見てから、ようやく口を開いた。「どうぞ、お入りください」

そう言うと、先に顔を背けて前を歩き、二人が見えない角度で、口元を歪めた。

田中静は道すがら、精巧な装飾の施されたヨーロッパ風建築を目にした。

指が無意識に服の裾を握りしめている。

ホールの入り口で立ち止まると、鈴木さんがスリッパを出そうとした。

しかし、静がそのまま靴を履いたまま玄関に足を踏み入れるのを見た。

静は足を踏み入れた後、鈴木さんが自分を見つめる驚いたような視線に気づいた。

彼女は田舎者だが、普段から綺麗好きで、足元も服も特に汚れてはいなかった。

鈴木さんの視線が背中に突き刺さるようだったが、孫娘がそばにいる。静は必死に鈴木さんの視線を無視し、背筋を伸ばした。

一歩後ろに下がり、靴を履き替えようとしたが、鈴木さんがスリッパをまた元に戻すのが見えた。

森田家には客間がたくさんあった。鈴木さんは晴の今の態度を測りかね、二人を3階の一室に案内した。

2階の角を曲がったところに、半ば開いた部屋があり、中に置かれた高価そうなバイオリンの端が見えた。

直子はそちらにちらりと目をやった。

鈴木さんは直子を一瞥し、無表情に言った。「あちらは言葉お嬢様のお部屋ですわ」

直子は眉を上げ、気だるそうに鈴木さんの後について行きながら、ぼんやりと思った。どうやら言葉は森田家でかなり可愛がられているらしい。

階上の客室は、ひどく殺風景だった。

「こちらがお手洗いです。給湯器はお使いになれますか?」鈴木さんは洗面所のドアを開けて説明した。まるで、目の前の二人が原始人か何かであるかのように。

直子は低いテーブルに腰掛け、片膝を軽く曲げ、片手でテーブルの上に置かれた生花を気ままに弄んでいる。袖は少し捲り上げられていた。

細く白い手首が覗いている。

「お二方、まずはごゆっくり。何かご入り用でしたらお声がけください。私は失礼して階下へ参ります」鈴木さんはいくつか注意事項を言うと、階下の厨房の手伝いに降りて行った。

彼女が去った後、直子はドアに鍵をかけた。

田中静は塵一つない綺麗な部屋を見て、少し考え込んでいたが、やがてにっこりと笑って言った。「この鈴木さんって方は、なんだか……とても気さくな方みたいだね。直子、これから、お母さんも……ああ」

直子はバックパックの中身をテーブルの上にぶちまけた。

その言葉を聞いて眉を上げたが、何も言わなかった。

静は直子が自分の物を整理しているのを見て、邪魔をしなかった。この孫娘は、奇妙な物をたくさん持っている。

以前、一緒に来た時、テーブルの上に置かれた、冷たい光を放つ銃を見て、静は心底驚いた。もっとも、後で直子は、それはただの模造品の玩具の銃だと言っていたが。

直子はテーブルの上に膝を抱えて座り、バックパックの中身を弄んでいる。ロゴのないノートパソコンは、見たところ新品のようだが、メーカー名もない。彼女はそれを無造作にテーブルの上に置き、そのままにした。

さらに、ずっしりと重い携帯電話を取り出した。

それもテーブルの上に放り投げる。

彼女の物はいつも雑然としていて、たくさんの品物の中から、白いプラスチックのボトルを選び出した。

持ち上げると、ちゃぷちゃぷと音がする。中身は水だ。

外側には黒いペンで大文字の「Q」が乱雑に描かれ、付箋が一枚貼られている。

直子は付箋を剥がした。そこには意味不明な文字列がごちゃごちゃと書かれていた。他人から見ればただのランダムな文字列だろうが、彼女はしばらくそれを見つめ、傍らに放り投げた。

手には白いプラスチックボトルだけを持ち、ちらりと静の方を見て、少し迷った後、やはりポケットに押し込んだ。

間もなく、鈴木さんがドアをノックしに来た――

「旦那様と若旦那様がお戻りになりました。階下においでで、お二方にお会いしたいとのことです」

**

階下では、森田麒太と森田錦也(もりた きんや)が小声で話していた。

何しろ、もう一人娘を連れて帰るのだ。晴にそんなことを勝手に決める度胸はなく、診療所にいる時に麒太に電話をしていた。

「一年休学していて、前の学校では大きな問題を起こしたらしい。札付きのワルだ。第一高校に入れるのは、ちょっと骨が折れそうだ」麒太は晴からの頼みを思い出し、心配そうに眉を顰めた。

彼は元々、言葉があれほど素直なのだから、その姉も大差ないだろうと思い、当時は深く聞かなかった。

今となっては面倒なことになった。森田家には、これほど素行の悪い者が出たことは未だかつてない。

錦也は無関心な表情で、片手をソファに置き、首を傾けて携帯電話を操作し、誰かとチャットしているようだった

麒太が話している間も、彼は顔をさえ上げず、麒太が口にする直子には全く興味がない様子だった。

ただ、階段の方で物音がした時、何気なく視線を上げた。

そして、はっと息を呑んだ。