言葉が終わるや否や、九班からはひそひそと私語が聞こえてきた。
坊主頭の少年は姿勢を正し、本を手に取って徳田月光の背中をつついた。「なんて偶然、あいつがうちのクラスに?」
徳田月光は椅子の背もたれに寄りかかり、腕を組んでいた。
彼は端正な顔立ちで、眉をひそめ、表情はいくぶん不機嫌そうに見えた。
「どういうことだ、橘、新入生を知ってるのか?男か女か?」橘声也(たちばな せいや)の隣の席の生徒が身を乗り出し、興味深そうに尋ねた。
高校3年生が始まったばかりで、各教科の先生は厳しく、こんな小さな楽しみしかなかった。
この話を聞いて、後ろの席の一群の生徒たちが集まってきた。
「女だよ。でも期待するな」橘声也は机に手を置き、唇を引き結んで笑っていた。
彼はその新入生が秋山言葉の姉だとは言わなかった。言葉は徳田月光が自分たちのグループに引き入れた人物で、徳田さんの言葉への想いも秘密ではなかった。
「どういうこと?」女だと聞いて、後ろの数列の生徒たちは明らかに興奮した。
「留年生で、長浜村の出身だ」声也は首を振った。「長浜村は知ってるだろ?県の三大貧困地域の一つだ」
この言葉を聞いて、少年たちの期待は一気に萎んだ。
頭の中にはニュースで見た痩せこけた子供たちの姿が浮かんだ。
新しいクラスメイトへの期待は一瞬で消えた。
「くそっ、橘、そりゃないだろ。想像の余地も残してくれないのか」隣の少年が長い脚を通路に投げ出した。
高橋洋が一言言ったが、秋山直子が入ってこないのを見て、また首を傾けた。穏やかな表情で「秋山さん、早く入って」
秋山直子はまだ教室の外にいて、制服一式と数冊の本を抱えていた。
彼女は片手で本を抱え、制服はその上に置いていた。
もう一方の手で携帯電話を見ていた。彼女の携帯の連絡先は少なかった。
古賀千暁からのメッセージだった。秋山直子はちらりと見て、適当にポケットに戻し、高橋洋の声を聞くと、本と制服を抱えて教室に入った。
橘声也はペンを回しながら、声を低くして言った。「徳田さん、彼女は怖気づいているんじゃないか?調べたけど、長浜の教育レベルはあまり良くないらしい。そんな勇気があるよな、第一高校に来るなんて」
徳田月光は携帯を見てから、椅子を引いて立ち上がった。「言葉さんがバイオリンの練習をしている。講堂に行ってくる」
徳田月光が最初に秋山言葉に目をつけたのは、入学式での彼女のバイオリン演奏がきっかけだった。あんなに美しくバイオリンを弾く人は特別だった。
徳田月光は後ろのドアから出て行った。
前のドアから教室に入ってきた秋山直子とちょうどすれ違った。
「くそ、あいつは本当に羨ましい」橘声也には徳田さんほどの度胸はなく、不満そうに言った。「俺もミス・キャンパス秋山のバイオリンが見たいよ。新入生なんて見る価値ないのに」
彼は足で隣席を蹴り、共感を求めた。
隣席の生徒は何も言わず、教室は奇妙な静けさに包まれ、ささやき声は一瞬で消えた。
全員が講壇を見つめ、静まり返った教室は彼らの驚きを物語っていた。
「秋山直子です」秋山直子は本を持つ手を変え、左手でチョークを取り、黒板に名前を書いた。
明らかに礼儀正しい態度だった。
抑えられた反抗心が少し見え隠れしていた。
しかし、その無造作な動きは、カジュアルでありながらも明らかに傲慢さを漂わせていた。
九班はまだ誰も話さなかった。
とても静かだった。
高橋洋は空いている席を指さし、にこやかに言った。「そこに座って。森田佳代、休み時間に新しいクラスメイトに校内を案内してあげて」
ポニーテールの少女はハッとして我に返り、顔を赤らめて立ち上がり、秋山直子を通した。
橘声也と後ろの数人の男子生徒は新入生に期待していなかったが、心の中でおおよその姿を想像していた。
ニュースで見るような、日に焼けた農村の人々のように、肌はきっと良くなく、粗くて暗い感じで、秋山言葉のような雰囲気とは比べものにならないだろうと。
しかし今、これらの想像はすべて覆された。
九班は2分間の静寂の後、大きなざわめきと息を呑む音で満たされた。
黒板の文字は一画一画が傾いていたが、硬くはなく、美しくはないが個性的だった。
彼女自身のように。
肩まで伸びた黒髪、極めて白い肌、長くまっすぐな脚、半分伏せられた杏仁形の瞳は黒くて輝いていた。
不真面目な気楽さを漂わせていた。
そして冷たさも醸し出していた。
教室の全員が彼女を見ていた。
整った眉と目には少し邪気が潜み、口角には無関心な曲線があり、とてもストリート感のある女の子だった。
オーラが強く、彼女が通る場所では、通路に伸ばされていた男子生徒たちの足はすべて引っ込められた。
「野性的で、恐ろしく美人だ。橘、情報が違うじゃないか!」
「駄菓子賭けてもいい、ランクが変わるぞ」
「……」
森田佳代(もりた かよ)は新入生と話したかった。校内を案内したかったが、相手は片手で机を支え、横目で見ながら、ただ座っていた。
奔放で大胆。
大物のオーラを纏い、授業が終わるまで一言も話しかけられなかった。
一時間後、秋山直子は制服を適当に身につけ、高橋洋に寮の申請書をもらい、ついでに休暇も申請した。
**
40分後、森田家。
「秋山さん、どうしてまた戻ってきたんですか?まだ下校時間じゃないでしょう?」鈴木さんがドアを開け、直子を気ついて眉をひそめた。視線は審査するような、厳しいものだった。
秋山直子は簡潔に、顔を上げた。「どいて」
その瞳は純粋な黒白ではなく、かすかに血走っていた。元々冷たい目に、狠戾さが静かに浮かび上がった。
鈴木さんは心臓が締め付けられ、無意識に一歩後退した。
秋山直子はそのまま階段を上がった。
階下の鈴木さんは我に返り、口をとがらせた。
秋山言葉お嬢様の顔を立てなければ、森田様がその子を森田家に来させるはずがない。本当に自分を何様だと思っているのか?
二階で、秋山直子は宮本晴の部屋のドアを見つけた。
ドアは半開きで、中の声が聞こえた。
秋山直子は足を止めた。
宮本晴の声だった。悔しそうで苛立っていた。「私が偏ってるって言うけど、どうしろって言うの?数日後、森田家の義妹たちが来たら、聞かれたらどう説明するの?」
田中静は重病で、力なく答えた。「何が?」
「直子が喧嘩で退学になって、千葉に転校してきたって言えって言うの?」宮本晴が口を開いた。ほとんど恨みがましく。「19歳でまだ高校3年生で、言葉と同じ学年だなんて、そんな恥ずかしいこと、どうやって言えるの?森田家の義妹たちは元々私を気に入らないのに。名門の奥様がそんなに気楽だと思ってるの?」
宮本晴は秋山言葉を偏愛していることを認めていた。言葉は幼い頃から賢く、連れて行けば面目が立つ。
彼女は名家での生活が楽ではなく、森田麒太は二人目の子供を持たないと明言していたため、彼女の一生の心血は秋山言葉に注がれていた。
言葉も期待に応え、優秀なだけでなく森田麒太の愛情も深く得ていた。
言葉は彼女の希望であり、少しも偏愛していないというのは現実的ではなかった。
ドアの外で、秋山直子は足を上げ、ドアを蹴り開けた。激しく、暴力的に。