第268章 言い争いになったら彼女にキスする12

卓田越彦のことを考えるだけで、肝が痛くなるほど腹が立った。

あんな野郎のことはもう気にしないと自分に言い聞かせていたのに。

でも、彼の影は彼自身と同じく厚かましく、頭の中をぐるぐると回っていた。

井上菜々は葉山桐子が近づいてくるのを見て、思わず空を見つめていた鈴木音夢の肩を軽く押した。

「ヘレン、葉山さんが来るよ。」

鈴木音夢もほとんど食べ終わっていたので、弁当箱を置いて立ち上がった。

葉山桐子は彼女の姿を見て、今や枝に飛び乗った鳳凰どころか、まさに羽をむしられた鶏のようだと思った。

「これから撮影する海に飛び込むシーン、ちゃんと演じてね。もし十数回も失敗したら、監督は怒るわよ。」

葉山桐子は冗談めかして言ったが、その口元の笑みはより深く、まるで毒を含んだケシの花のようだった。