「もう彼氏がいるの?」鈴木雪乃の目に一瞬疑いの色が浮かんだ。彼女の視線は福井斗真と高橋雅子の間を行ったり来たりし、二人の関係を計っているようだった。その場にいる誰もが抜け目なく、彼女が何を考えているか一目で分かった。
安藤凪はこのとき立ち上がり、福井斗真に向かって言った。
「もう遅くなってきたわ。十分休憩したし、早く山に登りましょう。でないと日の出が見られなくなるわ。今日は早起きしたのに損するわよ」
先ほどまで鈴木雪乃に冷たい態度を取っていた福井斗真は、安藤凪にはほぼ何でも応じる様子で、立ち上がると安藤凪のリュックサックを自分の肩に背負い、鈴木雪乃を見ることもなかった。
鈴木雪乃はようやく人違いをしたことに気づいた。彼女の視線は高橋雅子から安藤凪へと移り、安藤凪の顔を見たとき、瞳孔が急に縮み、かつてない危機感を覚えた。
彼女は自分が美しいことを知っていたが、この少し媚びた美しさは、安藤凪と並ぶとかなり見劣りしてしまう。やっと気に入った男性を見つけたのに、その男性は独身ではなかった。
独身でなくてもいい、自分が気に入った男性は自分のものになる。鈴木雪乃の視線は再び福井斗真の手首にあるロレックスの腕時計に落ちた。このような男性こそ自分にふさわしい。
この時点で鈴木雪乃は、この男性が誰なのか知らなかったが、彼の手首にある数千万円の腕時計から、この男性の身分が並ではないことが分かった。
安藤凪は、高橋雅子が鈴木雪乃に福井斗真が既婚者だと明確に伝えれば、鈴木雪乃はもう近づいてこないだろうと思っていた。しかし後になって安藤凪は、自分がこの女性の恥知らずさを過大評価していたことを知ることになる。
「あなたたちが行ってしまったら、私はどうすればいいの?」鈴木雪乃は福井斗真に少し近づき、顔を少し傾けて福井斗真を見た。彼女は自分のどの角度が最も美しいかを知っていた。そして彼女はこれまで欲しいと思った人やものを手に入れられなかったことはなかった。
鈴木雪乃は所有権を主張する安藤凪を全く気にしていなかった。安藤凪は彼女がまだ厚かましくも福井斗真に近づこうとしているのを見て、笑いそうになるほど腹が立った。