第012章 底線は変わらない

慣れ親しんだ香りが鼻孔に流れ込み、男性の大きな手が秋田結の手を掴んだ。

強引で強気に、「行くぞ、一緒に麺を食べに」

彼女はダイニングテーブルまで引っ張られて座らされた。

上野卓夫は彼女の向かいに座り、箸を取って丼の中の麺をちょっといじってから、目を上げて彼女を見た。

「味見したか?」と尋ねる。

秋田結はまぶたを持ち上げた。

彼の問いかける目と合わせ、彼女は首を振った。

次の瞬間。

上野卓夫は一本の麺を箸で持ち上げ、彼女の口元に運んだ。

低く穏やかな声で、「ちょっと味見してみて、美味しいかどうか、それから僕が食べるから」

秋田結は彼を見つめた。

秋田由貴子の再三の強調を思い出し、唇を噛んで尋ねた。「あの日の午後、あなたが私に電話して、私と結婚しようと言った時、三井愛と一緒にいたの?」

「ああ、彼女はいたよ」

上野卓夫は彼女をしばらく見つめた後、さらりと答えた。

秋田結はうなずいた。

それ以上は尋ねず、彼の箸を掴んで口元に運ばれた麺を食べた。

手を離す。

「毒が心配なら、30分後に食べればいい。あるいは、食べなくてもいい」

そう言い捨てて、彼女は立ち上がって歩き出した。

上野卓夫は目を伏せ、彼女が先ほど握っていた手を見た。

そして目を上げる。

ダイニングを出て、階段に向かって歩く秋田結を見つめた。

ゆっくりと口を開いた。「秋田結、君の兄、秋田鉄平は……」

秋田結はその声を聞いて、突然足を止めた。

2分後。

彼女はダイニングに戻り、先ほどの椅子を引いて座った。

広島美都里の瞳で上野卓夫の彫刻のように完璧な顔をじっと見つめた。

上野卓夫は麺を箸で持ち上げて二口食べ、満足げに口角を上げた。「味は良いね。さっき、君がお母さんと話していた電話、全部聞こえたよ」

秋田結、「……」

少し目を伏せてから、彼女は目を上げて彼の視線と合わせた。「私は言うだけじゃなく、本当にそうするつもりよ。上野卓夫、あなたは私の兄を人質に使って私を脅すことはできるけど、私の底線は変わらない。あなたが三井愛のために私の兄を救うことに同意したのかどうかに関わらず、これは私が自分の結婚と引き換えに得たものだから、私から見れば、彼女とは何の関係もない」

「誰が愛さんと関係があるって言ったんだ?」

上野卓夫は眉を上げ、彼女の怒った様子を面白そうに見た。

まるで嫉妬しているようだった。

「秋田さんが言ったわ。あなたは三井愛の顔を立てるために、私の兄を救うのを手伝ってくれたって。でももしそうなら、あなたが私の体を求めたことで、あなたはクズ男になるわ」

上野卓夫の口角がピクリと動いた。「だから、明らかに秋田さんの言葉は真実ではないということだ」

秋田結は心の中でツッコミを入れ、整った顔に作り笑いを浮かべた。「あなたがクズ男でないなら、私の兄がいつ国に戻れるのか教えてくれる?」

「白川家が破産した時だ」

「え?」

秋田結は一瞬固まった。

上野卓夫がまた頭を下げ、ゆっくりと麺を食べるのを見た。

まるで上品な悪党のように振る舞っている。

彼女は彼の先ほどの言葉を自分で何度か考えた。

あの夜、彼女の父親の後妻と共謀して、彼女の純潔を汚そうとした太った豚は、白川家の当主だった。

彼女の兄が中で殴られたのも、白川家の人がやったことだ。

彼女の兄を死に追いやるために、白川家はあらゆるコネを探した。

彼女の兄を中で直接殺して、裁判すら省こうとした。

白川家は南町でも名家だが、上野卓夫の目には、全く相手にならない。

白川家を破産させることは、彼にとって難しいことではなく、ただやる気があるかどうかだけの問題だった。

彼女は心の中で「ずるい商売人」と罵った。

この夜、上野卓夫が彼女を弄んだとき。

秋田結は新婚の夜よりも我慢した。

あの夜と同じように。

午前2時になってようやく眠りについた。

日曜の朝。

秋田結が目を覚ますと、隣には上野卓夫の姿はなかった。

思わず罵った。「くそったれ、クソ男」

秋田結が振り向くと、彼が片手をポケットに入れ、だらしない様子で外に立っているのが見えた。

どれくらい立っていたのかわからなかった。

……