堇顔

表向きだけの結婚契約――有効期限は3年。
形だけの夫婦関係、まるで他人同然。
そして契約終了を目前に、彼女は新たな職場に就職する。まさか、その上司が夫だった。
「すみません。邪魔するつもりはありません。ただ、黒田グループを選んだのは……お給料が良かったからです」
冷静な態度で履歴書をめくる男は、ふと問いかけた。
「西村絵里、19歳のとき、どうして1年間休学していたの？」
「……大学1年の時、家庭に少し事情がありまして」
「そう？じゃあ、なぜ下腹部に傷があるの？」
「……虫垂炎です」
その瞳は、どこまでも深く、彼女の心を見透かすようだった。
3年の契約が満了し、彼女は痛みを堪えながら、静かに、そして毅然と背を向けて離婚届にサインした。
けれどその後も、なぜか元夫はしつこく付きまとってきて……
さらには、彼女の恋のチャンスまで次々と潰してくる。

黒田さん、結婚して見ませんか～

二人はすき間なく密着し、バスがカーブを曲がって安定して走り始めると、西村絵里は自分の鼻先が押し付けられている場所に気づき、顔が夕焼け雲のように真っ赤になった。


慌てて、西村絵里はまっすぐ座ろうとしたが、手が滑り、再び重く転んでしまった。


西村絵里は頭上の男性の鈍い声をはっきりと聞くことができた。


黒田真一の視線が西村絵里に落ち、ふと女性の繊細な鎖骨が目に入った。


西村絵里が素早く体を起こすと、その美しい光景はあっという間に消えた。


一瞬、空気が気まずくなり、西村絵里は黒田真一を見る勇気さえなかった。


4年前のあの夜を経験した彼女は、もう恋愛に無知な少女ではなかった。


男性にとって、ある種の行為は明らかな誘惑となる。


「いいよ、1元は私がおごるから、返さなくていい」


第75章 清潔で純粋な男性(1)

第75章清潔で純粋な男性(1)