第627章 発見された結婚証明書（30）

「ちょっと買い物に出てきたの、すぐ帰るわ」と適当な言い訳をして、母親をなだめると、森川記憶は電話を切った。

彼女は後ろにいる髙橋綾人を見る勇気もなく、急いで椅子から立ち上がった。「あの...もう遅いから、帰らないと」

言い終わるや否や、記憶は書斎の出口に向かって走り出したが、数歩も進まないうちに手首を髙橋綾人に掴まれた。

彼の手のひらから強い電流が再び全身を駆け巡り、彼女は思わず身震いして、反射的に彼の手を振り払おうとした。

しかし彼女がその動作を完了する前に、髙橋綾人の声が背後から淡々と聞こえてきた。「送るよ」

髙橋綾人の言葉と共に、彼は机の引き出しを開け、様々な車の鍵の中から一つを取り出し、それから森川記憶の手首を離した。「行こう」

記憶は髙橋綾人を見ることなく、彼の言葉を聞いて頭を下げたまま、ドアの外へ向かった。

彼が気づかないところで、彼女は彼に握られたばかりの手を服にこすりつけ、残された刺激としびれを隠した。

髙橋綾人のマンションを出て、地下駐車場の車に乗るまで、二人は互いに一言も交わさなかった。

車に乗ると、髙橋綾人はいつものように身を乗り出して記憶のシートベルトを締めてくれた。彼の接近により、彼女は再び彼特有の清々しい香りを嗅ぎ、記憶は顔を赤らめ、本能的に視線を窓の外に逸らした。

車はすぐに発進し、地下駐車場を出て、夜の街路を疾走した。

記憶は窓の外の後退していく夜景を見つめていたが、いつの間にかバックミラーに映る髙橋綾人の姿に視線が落ちていた。

夜の街路の薄暗い光が、彼特有の清雅さに神秘的な色合いを加えていた。

正面の道路を見つめる彼の表情は、冷静さと落ち着きを兼ね備えた冷たさがあった。

このような彼はあまりにも完璧で、まるで夢のように非現実的だった。

記憶は思わず何度も見てしまい、見ているうちに呼吸を忘れ、まばたきすることも忘れてしまった。

夜の道路状況は特にスムーズで、すぐに車は森川家の建物の前に停まった。

エンジンを切り、髙橋綾人が記憶の方を向いた時、記憶は彼の視線に気づき、すぐに目を外の街灯に移した。そこで彼女はようやく家に着いたことに気がついた。

「上がるね」記憶は髙橋綾人が自分を見ているかどうか確信が持てず、彼の方を見る勇気もなく、小さな声でそう言うと、シートベルトを外して車のドアを開けた。