第545章 私はあなたを連れて行く

彼女は本当に諦めたのだろうか？本当に彼を南条慶悟に譲り、そして南条陽凌と幸せな結婚生活を送るつもりなのだろうか？

橋本健太は突然笑いたくなった。そして、実際に彼は笑った。端正な顔に心にもない微笑みを浮かべて。

深い瞳の中には、砂漠のような荒涼さがあった。

この世界はあまりにも複雑で、誰もが時にはマスクをつけて生きている。嫌いな人に対してマスクをつけ、また愛する人に対してもマスクをつけている。

「お見舞いに来てくれてありがとう」彼は淡々と言った。

南条飛鴻は機嫌が良くないようで、橋本健太と慶悟に尋ねた。「皇太子は今日来たの？」

「兄はまだ来ていないよ。今頃は会社で忙しいんじゃないかな」南条慶悟が答えた。

しかしその時、窓際に立っていた関口月子が入り口を見て、驚いて口を開いた。「皇太子……」

全員が振り向くと、南条陽凌の背の高い姿が入り口に立っていた。きちんとした服装で、陽の光が彼の上に降り注ぎ、その美しい顔立ちはまるでイタリアの彫像のようで、深い瞳には人を惑わせる光が宿っていた。

夏野暖香はその顔を見ただけで、なぜか全身の神経が緊張するのを感じた。彼がそこにどれくらい立っていたのかわからなかったが、突然の出現に心臓が跳ねた。

「なんだ、みんないるじゃないか」彼は淡々とした声で、まるで何気なく言った。顔には華やかな笑みさえ浮かべていたが、夏野暖香にはその笑顔が少し作り物のように感じられ、さらには陰鬱さと恐ろしさすら感じた。

しかし他の人々はそれを感じ取っていないようで、ただ熱心に挨拶をするだけだった。

南条慶悟は笑って言った。「噂をすれば影、兄さん、ちょうどあなたの話をしていたところだよ」

「そう？何を話していたんだ？」南条陽凌は興味深そうに尋ねたが、始終、夏野暖香には一度も目を向けなかった。

夏野暖香は自分が敏感すぎるのかもしれないと思った。男と長く一緒にいると、特に親密な時間を長く過ごすと、彼の一つの動作や視線から、その意味するものを感じ取れるようになる。

しかし、それはあくまで南条陽凌だ。彼女は彼を本当に理解したことはなかった、そうではないだろうか？

夏野暖香は苦笑いしながら考えた。