そうして、すでに十分に憂鬱だった藤原輝矢は、さらに憂鬱になった。ファンたちに取り囲まれた彼は、身動きが取れず、仕方なく松根に電話をかけた。
「ねえ、お坊ちゃん、あなたなんでコンサートホールに行ったの?」
松根は激怒した。藤原輝矢というやつはいつも彼女に面倒をかけるばかりで、自分から彼女に電話をかけてくるときは、必ろいいことがない。彼が彼女の弟でなければ、彼女は彼のことなど気にもかけなかっただろう。
怒りはあったものの、松根はそれでも人を手配して、藤原輝矢を「火の海」から救い出した。
専用車に乗り込むと、藤原輝矢はすでに疲れ果てていた。彼はマスクとサングラスを本革のソファに投げつけ、非常に憂鬱だった。今どきの若い女の子たちは一体どんな目を持っているのか?透視能力でもあるのか?こんなに変装しても見破られるなんて。
藤原輝矢をさらに憂鬱にさせたのは、長い音楽会を何とか耐え抜いたのに、結局林薫織を見失ってしまったことだった!あの子は今何をしているんだろう?
彼は一目見ただけで、あのお見合い相手の男がろくな人間ではないと感じた。金縁の眼鏡をかけて上品ぶっているが、実際は偽善者なのではないか?彼は考えれば考えるほど憂鬱になった。あの木魚のように鈍感な彼女が、あの金縁眼鏡の男にだまされたらどうするのか?
しかし実際には、藤原輝矢の心配は完全に杞憂だった。林薫織は伊藤逸夫と一緒に音楽会を聴き終えた後、家に帰っただけで、二人の間にはごく普通の、これ以上ないほど平凡な会話のやり取りしかなく、彼が心配していたようなことは何一つ起こらなかった。
林薫織が家に帰るとすぐに、林の母の尋問を受けた。
「薫織、今、橋本くんが送ってきたの?」
「そんなことないわ」林薫織は慌てて否定した。
「ふん、まだ嘘をつくの。さっき橋本くんの車を見たわよ」林の母は笑いながら続けた。「私が思うに、橋本くんはとても良い子ね。学歴も高いし、顔立ちも整っているし、何より気が利く。もし彼が私の婿になってくれたら、お母さんも安心だわ」
「お母さん...まだ何も決まってないわよ。それに、あんなに素敵な人が、どうして私なんかに目を向けるの?」
「どうしてそんなことないの?私から見れば、この橋本くんはあなたに気があるわ。そうでなければ、どうしてまた誘ってくれるし、こんな夜遅くに家まで送ってくれるの?」