少年の笑顔は春風のように優しく、彼女は一瞬涙を忘れた。林薫織は必死に思い出そうとした、あの時彼にどう返事したのだろう?
「泣いて顔が台無しになったって、あんたに何の関係があるのよ?!」
林薫織は突然くすっと笑った。当時の彼女は女山賊のように野蛮で横暴だったのに、伊藤逸夫はそんな彼女に手を焼いていたなんて、あの時彼はどんな気持ちだったのだろう。
林薫織はどうしても思いもよらなかった。封印されていたはずの過去の記憶が、こんなにも鮮明に残っているなんて。伊藤逸夫のあの優しい笑顔まで、はっきりと目に浮かぶ。
彼女は笑いながら、涙が「ぽろぽろ」と止まらなく流れ落ちた。
何年も前に、彼に会っていたのだ。ただ、あの時の彼女の心は別の人でいっぱいで、伊藤逸夫の入る隙間など微塵もなかった。