彼女は何気なく男の手を振り払い、男が顔を曇らせる前に、自ら尋ねた。「私たちはどこへ行くの?」
「着けばわかるさ」
男の顔に変わった色はなかったが、袖の中に隠れた指が開いたり閉じたりして、何かを掴もうとしているようだった。結局、何も掴めなかったのだが。
ロンドンの街を、黒いスポーツカーがゆっくりと走っていた。道の両側には西洋建築が並び、中には年代を経たものもある。これがロンドンと日本の都市との違いだ。ロンドンの街には、多くの建物がそのまま保存され、戦火によって破壊されることはなかった。一方、日本では古い建物が次々と取り壊され、鉄筋コンクリートの建物に置き換えられていった。
実際、特定の観光スポットを訪れなくても、道中が景色だった。林薫織は窓の外を見つめ、一瞬自分の置かれた状況を忘れ、車外の全てを楽しんでいた。