第3話『 エネルギーの中で私たちは休む』

「よし、じゃあ説明するな」

クローヴァーさんは歩きながら四本の指を立てた。

「基本となるエネルギーの種類は四つ。“魔法”って呼びたいなら、それでもいいけどな。火、水、土、風だ」

「うおっ!じゃあ俺もファイアボールとか風の刃とか──」

「最後まで聞けって」

「あ、ごめん…」

「んでな、基本の四属性のほかに、特別なタイプもいくつかある。雷撃、武力、治癒、そして……媚薬だ」

「……媚薬?な、なんだそれ」

「要は空気の化学成分を操って、人の感覚や意識を変える力さ。例えば、特定の混合気体を吸わせて眠らせたりな。実戦ではかなり便利だぜ」

「それ、普通にすげーな……」

ハジメは目を輝かせて、クローヴァーさんの言葉を一言一句逃すまいと集中した。

「でさ、魔法ってどうやって使うの?呪文を唱えたりとか?それとも、もっと自然な感じ?」

クローヴァーさんは鼻で笑った。

「お前、俺たちが『ファイアボール!』とか叫んでるとでも思ってんのか?バカかよ」

「……え、ちょっと期待してた」

「エネルギーの操作は属性によってまったく違う。生まれつきエレメントと繋がってるヤツもいれば、何年も修行してようやく基礎を掴むヤツもいる」

「じゃあ、才能がなくても訓練すれば使えるの?」

「エネルギーが“ない”んじゃなくて、“眠ってる”だけなんだよ。けどな、それを覚醒させるのがマジで大変なんだ。

 生まれつき属性持ちの連中は呼吸するのと同じくらい自然に使える。

 でも普通の人間がそれをやるってのは、存在しない“第三の腕”を動かそうとするようなもんだ。何年もかかる」

「なるほど……」

クローヴァーさんは指先に小さな炎を灯した。

「これが火属性の基本。周囲の熱を引き寄せて、自分の体内で制御し、形にする。

 単に“燃やす”ってイメージが強いけど、もっと奥が深い」

「他にはどんなことができるの?」

「例えば体温の調整。熟練者なら極寒の中でも生きられるし、爆発を起こしたり、熱を集中させて武器を鍛えたりもできる。

 上級者なら鋼を溶かすほどの高熱を扱えるんだ」

「マジかよ……」

「で、水属性は液体全般を操れる。氷、霧、さらには生き物の体内の水分まで。

 空気中の湿気を集めたり、相手を凍らせたりもできる。極めれば傷の治療もできる」

「ヒーリング系か! 水ってサポート能力なの?」

「まあ、そんな感じだな。水は癒しと回復に向いてる。

 土属性は防御が得意で、体を硬くしたり、地面を変形させて壁や武器、鎧を作ることもできる」

「マジで万能すぎんだろ…」

「そして最後に風属性」

クローヴァーさんはニヤッと笑った。

「風は速くて予測不能、鋼すら切り裂く。空気の流れを操作して、瞬発力や回避力を爆上げできるし、鋭い風で斬撃も可能。

 スピード特化の戦闘スタイルってわけさ」

「……これ、今まで見たどの魔法システムよりカッコいいぞ…!」

ハジメの興奮ぶりに、クローヴァーさんはクスッと笑った。

「それじゃ、次は特殊系のエネルギーだ」

「雷撃エネルギーはそのまんま、雷を操る力。レアだし、破壊力もバツグン。

 武力エネルギーは身体能力を限界以上に引き上げる。

 拳一つで岩を砕いたり、自分の体重の三倍のものを持ち上げたりな」

「うわ、それ完全に超人的じゃん!」

「だろ?でもそれだけじゃない」

「治癒エネルギーは名前の通り回復系だけど、特徴はそれだけじゃない。

 回復だけじゃなくて、一時的に身体能力を強化することもできる。

 スピード、筋力、持久力──戦場のヒーラーは超貴重な存在だ」

ハジメは真剣な顔でうなずき、ひとつひとつを脳に刻み込んでいく。

「で、最後が……媚薬エネルギー」

クローヴァーさんは少しだけ目をそらしながら、眉をひそめた。

「名前はアレだけど、実はかなり戦略的な能力なんだよ。

 空気の成分を操って、相手の呼吸に影響を与える。

 気絶させたり、不安を落ち着かせたり、敵の集中力を削ぐこともできる」

「……それ、ぶっ壊れじゃん」

「まぁ、実際そうなんだけどさ。

 ただ、扱いがめちゃくちゃ難しい。

 覚醒しても制御できるやつなんて、ほんの一握りだ」

ハジメは息を深く吸い込んで、情報量に軽く頭を抱えた。

「じゃあ……どうやって自分のエネルギータイプを知るの?」

クローヴァーさんは肩をすくめた。

「生まれつき持ってるやつは、自然に発現する。

 そうじゃない場合は、“エネルギー覚醒の儀式”を受けるしかない」

「儀式……?」

「そう。純粋なエネルギーに身をさらして、身体の反応を見るんだ。

 そこで属性との相性がわかる。もちろん、何も発現しないやつもいるけどな」

ハジメはごくりと唾を飲み込んだ。

「……じゃあ、俺にもエネルギーってあるのかな?」

クローヴァーさんは眉を上げて言った。

「あるにはある。でも、お前にそれを“発現させる力”があるかどうかは……まだ分からねぇ」

「で、最後に紹介するのが“スペシャリスト”だ」

「スペシャリスト……なんか強そうな響き」

「そいつらは本当に特別だ。二種類しかいない。“光”と“闇”。

 どっちも、あまりに強すぎて──『もし戦場で遭遇したら、その時点でもう負け確定』って言われてるくらいだ」

「ゴ、ゴクリ……」

「でもまあ、安心しろよ」

クローヴァーさんは笑って手を振った。

「普通に生きてて会うことなんて、まずねぇから」

「……そ、それならよかった……」

ハジメはうなずいたが、クローヴァーさんの言葉の重みが心に残っていた。

光と闇──それを操るのは、どんな人間なんだろう?

火、水、土、風の四元素、雷撃や武力などの特殊エネルギーについてはもう知っている。

でも、“それ”は……それらとは違う。

まるで、常識を超えた“何か”のように思えた。

質問を続けようとしたその時、クローヴァーさんがピクリと反応した。

「──あ、見えてきた」

彼は前方を指差し、にやりと笑った。

「着いたぞ」

「へぇ、ここが……ん?」

次の瞬間、時間が止まった。

建物なんて目に入らなかった。

ハジメの視線は、もっとおぞましい光景に釘付けになっていたから。

──四つの死体。

吊るされていた。

不自然にねじれた肢体が風に揺れ、血走った目が虚空を見つめている。

その顔には、想像を絶する苦痛の最期が刻まれていた。

彼らの足元には、血だけじゃなく、唾液や涙──そして、どんな苦しみがあったのかを物語る静かな痕跡が広がっていた。

クローヴァーさんは目をそらし、重いため息をついた。

「……見せたくなかったんだけどな」

「あ……あ、ああ──」

ハジメが叫びかけた瞬間、クローヴァーさんの手が彼の口をふさいだ。

「声を出すな。死にたいのか?」

ハジメの目が見開かれた。

喉が詰まり、息が止まりそうになる。

なぜ? なぜこんなことが起きている?

それに、なぜ──誰も騒いでいない?

吐き気がこみ上げる。

心臓の鼓動が耳に響く。

逃げ出したい、目を覚ましたい──ここにいたくない。

だが、クローヴァーさんは彼を放さなかった。

しっかりとハジメをつかんだまま、近くの建物へと引きずり込み、素早く扉を閉めた。

安全が確認できたと同時に、ようやくハジメを解放した。

「っ、ハァ、ハァ──な、なんだよ、あれは……!」

「バカ! あんなに騒いだら、殺されるぞ!」

「外で何が起きてんだよ!? あの人たち……死んでた……っ、そんな、そんなの……」

声が震え、膝がガクガクと揺れる。

あまりの衝撃に、思考が追いつかない。

現実とは思えない。

けれど──目の前で、確かに見た。

その事実だけが、全身を冷たく貫いていた。

──その時だった。

思いがけないぬくもりが、背中に触れた。

クローヴァーさんの手だった。

普段は荒っぽいくせに、今はやけに優しい。

「……無理もないさ」

彼の声は、いつになく穏やかだった。

「深呼吸してみろ」

ハジメは震える息を吸い込んだ。

だが、全然足りなかった。

「無理だ……ッ! こんなの……何が起きてるんだよ!? どうして……あの人たちは……誰が、何で……!」

「落ち着け……ゆっくりでいい」

「くっ……ハァ……! ここは……一体どうなってんだよ!?」

「──クローヴァー!!」

突然の声に、二人はそろって振り向いた。

部屋の奥に、一人の少女が立っていた。

ふたつ結びのピンク色の髪が、怒りに揺れている。

その姿はまるで、陽光の下で咲き誇る桜のように美しかった。