第331章 橋本燃が発病した

田中黙の漆黒の瞳孔が急に大きく開き、彼の身に纏っていた毅然とした強い雰囲気が一瞬で消え失せた。橋本燃を見つめながら、口元にゆっくりと自嘲の笑みを浮かべ、そして霜に打たれた茄子のように静かに頭を下げ、一言も発せずに橋本燃の横を通り過ぎて去っていった。

二人が肩を擦れ違う瞬間、男の馴染みのある香りが橋本燃の鼻先をかすめた。

彼女はこの一瞬の擦れ違いが、一生の擦れ違いになるような気がした。

心は、まるで何千何万の蟻に噛み砕かれるような、言葉にできないほどの痛みに襲われた。

その時、橋本燃の心の中に焦りの声が現れた。

白衣の橋本燃:「何をぼんやりしているの?早く彼を抱きしめなさいよ!あなたが彼をどれだけ愛しているか、あなた自身がよく分かっているでしょう!」

黒衣の橋本燃:「何を抱きしめるの、さくらはあれほど彼を愛しているのよ。師匠である私は当然、男を弟子に譲るべきでしょう。」

白衣の橋本燃:「田中黙は人間であって家畜じゃないわ、どうやって譲るの?誰が師匠は必ず弟子に譲らなければならないって決めたの?弟子のくせに、それが師匠の男だったと知りながら好きになるなんて、そんな弟子はいらないわ!」

黒衣の橋本燃:「彼女は師匠の態度を確認したじゃない?師匠である彼女自身が弟子に好きになっていいと言ったのよ。弟子が自分の心に従っただけで、何が悪いの?」

白衣の橋本燃:「彼女は間違っているわ、師匠の男を好きになるべきじゃなかったのよ!」

黒衣の橋本燃:「さくらは半年休学して師匠の体調を整えるのを手伝い、賢くて学ぶ姿勢があり、師を敬い道を重んじる、そんな素晴らしい女の子よ。彼女は間違っていないわ。」

二人の橋本燃が頭の中で激しく言い争い始め、橋本燃は頭が割れそうなほど痛くなり、ゆっくりと壁に沿って屈み込み、両手で爆発しそうなほど痛む頭を強く叩いた。

「もう喧嘩しないで、私が悪いの、全部私が悪いのよ!」橋本燃は頭を抱えながら嗚咽混じりに低く叫んだ。

黒衣の橋本燃が冷たく艶やかに笑った。「小白、今回は私の勝ちね!」

恐怖に満ちた表情の白衣の橋本燃が、一筋の青い煙のように黒衣の橋本燃の体内に溶け込み、一つになった黒衣の橋本燃はさらに冷たく邪悪な笑みを浮かべた。