「わかったわ、お母さん。私はあとで上司に一言言って先に行くわ」古謝主任から電話がなかったら、後藤澄玲はこのことをすっかり忘れるところだった。
電話の向こうで、古川海音は注意した。「あとで北都が迎えに行くから、二人で一緒に帰ってきなさい」
「わかったわ」後藤澄玲は笑って言った。「もし会えたら一緒に行くわ」
言い終わると、後藤澄玲は電話を切り、古謝主任に早退の許可をもらった。
車を発車させてしばらくすると、陸橋北都から電話がかかってきた。彼は言った。「君のビルの下に着いたよ」
電話のこちら側で、後藤澄玲は言った。「私はもう実家に近づいているわ」
陸橋北都……
パチンと電話を切った。陸橋北都は聞くまでもなく、彼女がわざとやったことを知っていた。
アウディの中で、後藤澄玲は電話が切れたのを見て、何事もなかったかのように電話をダッシュボードに投げた。