第28章 絶望

田村深志は田口優里に背を向けていたので、彼女の動きが見えなかった。

野井北尾はそれを見て、放とうとした拳を無理やり引き戻し、田村深志に隙を与えてしまった。バンという音とともに、彼の顎に強烈な一撃が入った。

野井北尾はよろめき、目を震わせながら、みすぼらしく地面に倒れた。

田口優里が駆け寄り、ちょうど手を引いた田村深志の腕をつかんだ。「もうやめて!」

次の瞬間、彼女は考える間もなく野井北尾に駆け寄った。「大丈夫?どこか怪我した?」

田村深志は一瞬固まり、怒りを込めて言った。「優里ちゃん!彼は絶対演技してるよ!彼がどれだけ腕が立つか知らないの?」

田口優里は知っていた。

数年前、野井北尾はプロの格闘技大会に出場し、金賞を獲得したことがあった。

だから先ほど田口優里が心配していたのは実は田村深志のほうで、彼が怪我をしないかと恐れていた。