田口優里の表情は変わらず、淡々と視線を移して松下晴彦を見た。
松下牧野の目に失望が光ったが、人が多く、彼は一言も言えなかった。
恒例の回診の後、田口優里はまた大勢の医療チームと一緒に去っていった。
松下牧野はやはり田口優里と話すことができなかった。
彼が追いかけて病室を出ると、田口優里が別の部屋に入るのが見えた。
午前中ずっと、松下牧野は田口優里と二人きりになる機会がなかった。
松下晴彦は彼の心ここにあらずな様子に気づいた。「お父さん、どうしたの?」
「何でもないよ」松下牧野は微笑んだ。「もう数日したら東京に戻るから、君の主治医にどうお礼をしようか考えていたんだ。彼女がいなければ、君がこんなに早く目覚めることもなかっただろうから」
松下晴彦にとって、田口優里は命の恩人だった。
彼はベッドに横たわり、無知無覚で、世界のすべてを感じることができず、時間の流れも知らなかった。
死んでいるのとほとんど変わらなかった。
田口優里のおかげで、彼は混沌から目覚めることができた。
彼に新しい人生を与えてくれた。
しかし彼は気づいていた、この主治医の態度が少し冷たいことに。
彼は幼い頃から裕福な生活を送り、松下牧野も彼に優しく、小遣いも気前よく与えてくれた。松下晴彦の周りには彼にへつらう人々が絶えなかった。
多くの人が彼の後をついて回り、友達になりたがった。
これはもちろん、彼が松下牧野の息子だからだ。
考えてみれば、彼に対してそれほど熱心なら、松下牧野に対しては、その人たちはもっと熱狂的だろう。
しかし田口優里は松下家の人々に全く興味がないようで、態度も卑屈でも傲慢でもなかった。
松下晴彦は彼女に特別良い印象を持っていた。
彼が目を開けた時、最初に見た人は田口優里だった。
田口優里の顔立ちは完璧だったが、攻撃的な美しさではなかった。
小川の流れのように、水墨画の山河のように。
人を静かな気持ちにさせるような。
松下晴彦は密かに持つべきでない思いを抱いていた。
松下牧野に尋ねて初めて知ったのは、田口優里には夫がいるということだった。
しかしそれでも、彼の田口優里への印象は非常に良かった。
結局のところ、田口優里は彼の命の恩人だった。
しかし、普通の人なら、松下牧野の息子を救ったのだから、この機会に関係を築こうとするだろう?