第260章 本気で私と結婚したいわけではない

渡辺健太は他人に対する連絡先の登録はいつも姓名両方だったが、石井つぼみに対しては名前だけだった。好意が少し行き過ぎていると言えるだろう。

田中純希はごく普通の様子を装って、「健太、電話よ」と言った。

健太は近づいて携帯を手に取り、画面を一瞥して言った。「書斎で少し仕事をするから、疲れたら先に寝ていいよ。待たなくていい」

彼は娘にキスをして、携帯とパソコンを持って出て行った。

純希は彼の背中を見つめ、心の中が空っぽになった気がした。

あの石井つぼみが現れてから、彼は冷たくなってしまった。

彼女は頭を振った。「田中純希、こんなくだらないことばかり考えないで。健太は仕事が大変なのに、あなたは何も手伝えないくせにこんなことを考えて、彼を困らせるだけじゃない」

彼女は娘を寝かしつけ、ベッドに座って11時過ぎまで待ったが、健太はまだ戻ってこなかった。

書斎に行くと、ドアが完全には閉まっていなかった。彼女は耳を傾けてしばらく聞いていると、健太が電話で話しているのが聞こえたが、内容は聞き取れなかった。

仕事の話をしているのだろうか?

純希はそう自分に言い聞かせた。彼女は健太に自分の不安を知られたくなかった。知ったら彼は不機嫌になるだろう。

純希は部屋に戻ってからもなかなか眠れず、健太がいつ戻ってきて寝たのかも分からなかった。

その後数日間、健太は特に忙しそうで、純希は彼に会うことさえ難しかった。毎朝目覚めると、隣の場所には彼の温もりすら残っていなかった。

彼女は佐藤妙に会社のことを尋ねると、妙は言った。「私たちは石井氏と協力してジュエリー展示会を開催する予定です。場所はロシアのサンクトペテルブルクに新しくオープンした五つ星ホテルリゾートで、具体的な日程は上層部からまだ発表されていません」

純希は会社と石井氏が本当に協力プロジェクトを持っていると聞いて、少し安心した。自分が考えすぎていたのだろう。

妙は尋ねた。「どうして突然会社のことを聞くの?」彼女のそばには社長の夫がいるのに、直接社長に聞いた方がいいのではないか?

純希は適当に答えた。「別に、健太が最近忙しそうだから、会社に何かあったのかなと思って」