【第7話】買い物デートと数少ない応援者

 

 

 

 ハイオークの討伐から2日後、宿屋の床で目を覚ました俺は周りを見渡してみると、またしてもリリスの姿がなかった。今日は早起きしたにも関わらずリリスの姿が見当たらない。

 

 また独自行動をしているのかと不安になったけれど、目覚めてから1分後にリリスが部屋へと戻ってきた。服はいつも通り白くておしゃれなキトンに身を包んでいる。

 

 サキエルも似たような服をきていたけれど女神にはこういう服を着るという決まりでもあるのだろうか。

 

 まだ寝起きで頭が働いていない俺にリリスが大きな声でせっついてきた。

 

「さぁガラルドさん! 早く着替えて商業街へ行きますよ」

 

「ん? 何か買うのか?」

 

「も~、まだ寝ぼけているんですか? ガラルドさんに合う武器・防具を新調しに行こうって昨日話し合ったじゃないですか」

 

「そう言えばそうだったな、といっても今の|軽鎧《けいがい》とロングソードもそれなりに使いやすいから、このままでもいい気がするけどな。むしろリリスこそ防具を買った方がいいんじゃないか? そんなパーティドレスみたいなキトンじゃ弱いだろうに」

 

「私はこれでいいのです。女神長様から加護を付けてもらっていますから物理・魔術耐性ともに高いんです」

 

「そうか、じゃあ朝飯を食ったらいくとするか」

 

 そして俺達は商業街へと足を運ぶ。買い物途中でリリスが恋人の様に腕を組んできたから「恥ずかしいから離せ」と言うと「絶世の美女に腕を組まれていると周りに自慢できますよ」と自画自賛してきたからとりあえず鼻で笑ってやった。

 

 ふざけ合いながらも買い物を着々と済ませ、俺は最終的に『円柱状の棍』『|円盾《まるたて》』『3本の短剣』を購入した。リリスに言われるがまま買ったものの、何故このチョイスがいいのかが分からず理由を尋ねた。

 

「何でリリスはこの装備を勧めたんだ?」

 

「先日のハイオークとの戦いを見た限りだと|魔砂《マジックサンド》は楕円状よりも、歪みのない正円状の方が回転効率・使いやすさの面で優れていると思えたんです。なので、武器にしても防具にしても円形の物がいいと思ったのです」

 

「じゃあ短剣はどうして買ったんだ? しかも3本も」

 

「短剣に関しては戦闘訓練の際に改めて説明させてもらいますね。それじゃあ買い物も済ませたところで次はギルドに行きましょうか」

 

 そして俺達は商業街からギルドの方へと移動した。ギルド内に入ると中にいる人間のほとんどが俺の方をジロジロと見ている。どうやら既に俺がディアトイル出身だという噂が広まっているようだ。

 

 レック達からすればただ追放するよりも、ディアトイルの人間を追放したという理由を同業者に周知した方が印象も悪くならないから公表したのだろう。

 

 通い慣れたギルドとは思えないほど居心地の悪い空気を肌で感じながら俺は気にしていないフリをして受付嬢へと話しかけた。

 

「すまない、パーティー離脱手続きと新パーティー設立の手続きをしたいのだが」

 

「先日ハイオークを討伐されたガラルド様ですね。元パーティーメンバーのレック様からお話は伺っておりまして、既に離脱手続きの方は完了しております」

 

「……そうか。じゃあ新パーティー設立の手続きだけをお願いするよ。こっちにいるリリスが新しいメンバーだ」

 

「はじめましてリリスです。これからハンターとして頑張っていきますのでよろしくお願いします」

 

「はじめまして、受付を担当しておりますヒノミと申します。基本的にヘカトンケイル・ギルド内での手続きは私が担当しておりますので、これから末永くよろしくお願いします。それでは早速こちらの用紙に氏名・出生・得意ロール等をご記入ください。終わりましたら晴れてスターランク1からではありますが、リリスさんのハンター生活が始まります」

 

 リリスは指示通りに用紙へ必要事項を書き込んだ。出生地の欄にヘカトンケイルと書いているが、一応近くにある神託の森生まれだから間違ってはいないだろう。

 

 そして用紙を受け取った受付嬢ヒノミは記入内容を確認した後、今度は俺の方へ向き、気の毒そうな表情を浮かべながら話しかけてきた。

 

「あ、あのー、ガラルドさん、出生地を詐称していた件についてなのですが」

 

「ああ、分かっている。ペナルティーがあるんだろ?」

 

「……はい。ギルド規則としましては今回の様なケースですとスターランクが10引かれる決まりとなっております」

 

「ハンター業が禁止にならないだけでもありがたいさ。それじゃあ俺は40から30になるわけだな」

 

「そうなりますね……。あ、あのぉ、色々あって大変だとは思いますが私はガラルドさんが優しくて頑張り屋さんなことを知っています。周りの人は心無いことを言ってくるかもしれませんが、私は応援しています。どうか負けないでくださいね!」

 

「ありがとうヒノミさん、応援してくれる人が1人でもいてくれるだけで嬉しいよ」

 

 俺は思った事をそのままヒノミさんに伝える。ヒノミさんは本当に優しい人のようで俺の手を両手で強く握りしめて祈るように応援してくれた。

 

 辛い人生にもオアシスがあるもんだ……と思いながら視線を横にやると、ジットリとした目つきでリリスが俺を睨んでいる。

 

「……何で俺を睨むんだよ、リリス」

 

 問いかけるとリリスは受付嬢のヒノミさんに聞こえない程度の小さな声で俺を追求する。

 

「どうせ、ガラルドさんはヒノミさんみたいに気弱そうで健気で守ってあげたくなるような娘が好きなんですよね? それにヒノミさんは小柄な身体にパッチリとした目元、栗毛の三つ編みがキュートな如何にもモテそうな女の子ですもんね、フンッ!!!」

 

 リリスは用紙が吹き飛びそうな程に鼻息を荒くして何故か機嫌が悪そうだった。

 

 できれば仲よくしてほしいのだが。いや、どちらかというとヒノミさんより俺が不機嫌を買っているような雰囲気だが。

 

 何とか手続きをすませてギルドを去ろうとすると、酔っぱらった他のハンター達が口々に俺へ嫌味を言ってきた。

 

「穢れの地、出身のくせに未だにハンター業にしがみつくのかよ」

 

「さっさと地元に帰って魔獣の墓荒らしに戻ったほうがいいんじゃねーの?」

 

「銀髪の姉ちゃんよぉ、ガラルドなんて捨ててワシの所へ来な。1から色々教えてやるからよ、グヘヘヘ」

 

 まぁこういうことを言われるのも想定内だ、腹はたつけど一々相手するわけにもいかない。

 

 そう割り切ってギルドを去ろうとしたその時、リリスがハンター達の座っている席まで近づき、机の上にある酒瓶を手に持って中身をハンターの頭へぶっかけた。

 

「うわぁぁっ! 何しやがる! この女ァァァ!」

 

「それはこっちの台詞です! 出生地なんてどうすることもできない要素を突くなんて最低です。あなた達の方がよっぽど穢れているじゃないですか」

 

「何だとぉぉ!」

 

「私たちはあなた達みたいな差別的な人間とは違う! 必ず大きな手柄を立てて、あなた達を見返してやりますから! いつかガラルドさんを中心にした最高のハンターギルドを作り上げるその時に!」

 

「リリス……今なんて言った?」

 

 リリスは啖呵を切るだけにとどまらず、勝手にハンターギルドの設立を宣言しはじめやがった。これには流石に驚いたのか、酔っ払いハンター達も沈黙している。

 

 リリスはあっかんべーのポーズをした後、大股歩きでギルドから出ていった。それを見て俺は慌てて追いかける。

 

 ギルドのすぐ外で立っていたリリスは錫杖を強く握りしめて怒りを堪えているようだ。

 

 『勝手に何を言ってんだ!』と叱ろうとも思ったが、リリスはいつも誰かの為に動いてくれているだけだから追及するのは止めておこう。

 

 俺がなんとかなだめようとリリスに声を掛けようとしたその時、ギルド入り口の扉が開く音が聞こえ、振り向くと受付嬢のヒノミさんが立っていた。

 

 ヒノミさんは慌ててこちらへ駆けてきたようで、どうしたのかと理由を尋ねると、両方のこぶしをグッと握りしめて俺達に語り掛けてきた。

 

「ガラルドさん、リリスさん、この先本当にハンターギルドを立ち上げることができましたら、その時は私をギルドスタッフに入れてくれませんか? 私は戦闘面では役に立てませんし今すぐ仲間にはなれませんが、お2人のような本当に優しい人達と一緒に仕事がしたいんです」

 

 突然の申し出にびっくりした俺は沈黙してしまった。けれど、リリスは柔らかい笑みを浮かべてヒノミさんに歩み寄り、深々と頭を下げる。

 

「ヒノミさん、あなたの申し出、本当に嬉しいです。最近ひどい人ばかり見てきたので荒みそうでしたから。心が洗われた気がします。ハンターギルドを立ち上げる時は必ず声をかけさせてもらいますね」

 

「あ、ありがとうございます! その時まで裏方として名一杯ギルドスタッフの勉強をしておきますね」

 

 ヒノミさんは嬉しそうな表情で小さくガッツポーズをしている。ここまで話が進んでしまうと今更ハンターギルドを立ち上げるつもりはない! なんて言えなさそうだ。

 

「ところでお2人はこれからどうなされるおつもりですか?」

 

 ヒノミさんからの問いかけにリリスが答える。

 

「私の考えとしてはヘカトンケイルのギルドで新メンバーが増えそうになかったら北方の新生国『シンバード』へ行ってみてはどうかなと思っているんですけど、どうですかねガラルドさん?」

 

「リリスの事だから何か考えがあるんだろ? まずはそれを聞かせてほしいな」

 

「理由は2つありまして『シンバード』は新生国だけあってまだまだ発展途上なので名をあげるチャンスが沢山ありそうというのが1つ目の理由です。2つ目の理由は実力至上主義と言ったら大げさかもしれませんが、生まれだとか家柄だとかにあまりこだわらない国柄だからですね」

 

「それはディアトイル出身の俺からするとありがたい話だな。つまりスターランク30の俺に0・5倍のマイナス補正がかからないって事だろ?」

 

「マイナス補正がかからない……と言うよりかはスターランクそのものがあまり意味ないですね。『シンバード』では1から実績を積んでいくのが通常の形となっていますから」

 

「スターランクはほとんどの国で自身の力を証明するシステムなんだぞ? 何というか型にはまっていないな。独自路線が強すぎて滅茶苦茶な国にも思えるが」

 

「風習や国民性、果てはモンスターまで、かなり変わっている地だという噂だけは聞いています」

 

 俺達の中で『シンバード』に行ったことがある人間がいないこともあり現状では表面的な情報しか分からない。加えて距離的にも遠いから行くべきか迷うところではあるけれど、個人的に興味があるから現段階では行ってみたい気持ちが上回っている。

 

 とりあえず今できる事は新メンバーの加入を待つこと、旅の支度を整えておくこと、スキルを使いこなす特訓、その3つぐらいしかなさそうだ。色々考えても仕方がないと割り切ったところでこの日は解散となった。

 

 明日の昼はパーティー加入希望者がいるかの確認をする為にギルドへ行って、ついでに良い魔獣討伐依頼があるのか探すことがメインとなりそうだ。

 

 恐らく加入希望者はいないだろうな、と心に保険をかけながら眠りについた俺は翌日の昼、早速ギルドへと向かった。