【第10話】ガルムとの戦い

 

 

 

「ガルルゥゥ!」

 

 ガルムが俺を睨みながら唸っている。剣が届く距離まで近づいた俺は、ガルムの頭へ剣を振り下ろした。ガルムはそれを難なく横跳びで躱すと、着地の反動を利用し、脚に力を溜めて俺の方へ跳びかかり引っ掻いてきた。

 

 勢いが乗ったガルムの引っ掻きを何とか盾で防ぐことができたが、それでもガルムの力は相当なもので俺は3メード程後ろへ吹き飛ばされたあげく尻もちをついてしまう。

 

 俺は慌てて起き上がろうとしたが反応が遅れてしまった。倒れている俺へ追撃する為にガルムは既に飛び込んできている。マズい……爪が振り下ろされる! と思った次の瞬間、リリスの魔術を唱える声が響いた。

 

「アクア・シールド!」

 

 ガルムの爪が目と鼻の先まで迫ったところで、水の壁が俺とガルムの間に差し込まれてガルムの爪撃を防いだ。

 

「間に合ってよかったです……。ガラルドさん、ハイオークとの戦いを思い出してください。|魔砂《マジックサンド》は攻守に長けたスキルです。貴方ならきっと使いこなしてガルムを倒せますよ」

 

 使い慣れていないうえに焦っていたせいで忘れていたが、俺には|魔砂《マジックサンド》がある。今度は遅れを取らないぞと決心し、|魔砂《マジックサンド》を自身の周りで回転させた。

 

「さぁ来いガルム、今度はスキルを使って相手してやる!」

 

 俺は気合を入れてガルムに語り掛けたが、ガルムは俺ではなくリリスの方を向いて怒り唸っていた。そしてガルムはそのまま俺を無視してリリスの方へ突進する。魔術で攻撃を防いだことでヘイトがリリスに向いてしまったようだ。

 

「しまった! 逃げろリリス!」

 

 リリスは急いで走り出したが足の速いガルムはあっという間に距離を詰めていく。このままじゃマズいと思った俺はヘイト魔術を短剣に込めて、走るガルムに向かって放り投げた。

 

「当たれぇぇ!」

 

 短剣はガルムに向かって真っすぐ飛んでいったが、ガルムは風切り音を聞き逃さなかった。ガルムは飛んでくる短剣を察知して、真上へ跳んだ。

 

 後ろから投げたのに気づかれてしまった……と焦りはしたが、まだ手は残っている。俺は短剣の柄の部分に纏わせておいた|魔砂《マジックサンド》を遠隔で操り、投げた短剣の軌道を変えて急上昇させる。

 

 既に真上へ跳んでいたガルムは空中で避ける事ができず、短剣は鈍い音と共に腹へ突き刺さった。

 

「ガアウゥゥゥ!」

 

 ガルムは短剣の刺さった腹が地面に激突しないよう即座に身体を反転させ、背中からドサッと落ちて、うめき声をあげた。

 

 ガルムは腹から血を流しているものの、眼からは全く闘志が消えておらず、俺の事を強く睨みつけている。どうやら無事ヘイトを俺に向けられたようだ。

 

「ガラルドさん、今の感覚を忘れずにスキルで魔獣に止めを!」

 

「任せとけ!」

 

 どうやらリリスが俺に短剣を買わせたのはこういった狙いがあったようだ。俺は再び盾と棍を構え、|魔砂《マジックサンド》を周囲に纏う。

 

 ガルムは血走った眼でこちらを見つめながらこちらへ走っている。

 

 ガルムとの距離が約7メードまで近づいたところでガルムがジグザグに跳び跳ね、フェイントを交えながら俺の右手を噛みつきにきた。

 

 翻弄されかけた俺だったが、寸でのところで|魔砂《マジックサンド》を纏わせた盾を突き出し、どうにかガルムの噛みつきを防ぐことに成功する。

 

「グルルゥゥゥ」

 

 ガルムは|魔砂《マジックサンド》を纏った盾に強く牙を立て、絶対に離そうとはしなかった。

 

 盾ごと左腕を拘束されている状況では距離をとることができない。このままでは近距離を保たれてしまい、前脚で引っ掻かれるのも時間の問題だ。

 

「距離を取ってガラルドさん!」

 

 リリスはそう叫んだが、俺はむしろこの状況はチャンスではないかと考えた。ガルムの牙が|魔砂《マジックサンド》を纏った盾に食い込んでいる状況だからこそ打てる手がある。

 

 俺は盾を持つ左手に魔力を込めて叫んだ。

 

「回れ、サンドシールド!」

 

 次の瞬間、ガルムの牙が食い込んだ|魔砂《マジックサンド》が俺の狙い通り高速で回転した。食い込んだ牙の影響で身体ごと回転したガルムは、まるで鞭のように背中から叩きつけられることとなった。

 

「ギャウン!」

 

 鳴き声をあげたガルムは背中だけではなく頭も打ちつけたようで一瞬動きが硬直する。その隙に俺は棍に魔力を込めた。そして|魔砂《マジックサンド》を棍の周りで竜巻のように回転させて、ガルムに叩きつける。

 

「いけぇぇ! トルネード・ブロウ!」

 

 回転する|魔砂《マジックサンド》を纏った棍はガルムの腹を掘削するかの如く、力強くめり込む。

 

「ギャァッゥン!」

 

 肺から空気が抜けきったような声を出したガルムは、そのまま白目を剥いて息絶えた。

 

「よし、やったぞ!」

 

 何とか倒し切ることができてホッとした俺はそのまま地面に勢いよく座り込んだ。駆け寄ってきたリリスが満面の笑みで俺を褒め称える。

 

「ガラルドさん凄いです! 見事な勝利です! もうスキルを使いこなせていますし、恐いものなしですね」

 

「いや、結構ギリギリだったぞ。回転させるっていう能力自体が珍しくてどう使えばいいのかイマイチ分かりきってないからな、しっかり研究しないと。まぁ、とりあえずリリスに怪我がなくてよかったよ」

 

「ガラルドさんが私を守ろうと短剣を投げて、土壇場で軌道をコントロールしてくれたのは凄く嬉しかったですしカッコよかったですよ、うふふふふふ」

 

「ん? 何が可笑しいんだ?」

 

「いえ、だって私はいざとなればアイ・テレポートでいくらでも逃げ切れるから大丈夫なのに、必死になって短剣を投げていたのが面白か……いえ、嬉しくて笑っちゃいました」

 

 クソッ、確かに言われてみれば見渡しの良い平原ならいくらでもアイ・テレポートで長距離移動ができるから逃走は容易だ。それなのに必死になって叫びながら短剣を投げてしまった。

 

 消したい過去が1つ生まれてしまったようだ……。

 

「ガラルドさんにとって私は凄く、すご~く大切な存在だと知ることができて嬉しかったです。これからも末永くよろしくおねがいします」

 

「それ以上からかうなら、もう俺の宿部屋に入れてやらんぞ」

 

「ええぇぇ、それは困ります、許してくださいぃぃ」

 

 恋人みたいな馬鹿なやりとりをしつつ俺達は町へと戻った。

 

 ギルドへ戻ってガルム討伐の報告をすませてみると、報酬はハイオークと同じ20万ゴールドだった。

 

 依頼外討伐だから3割減で14万ゴールドにはなるけれど、それでも2人で分けて7万ゴールドだから充分美味しい。これだからハンターは辞められない。

 

 金を握りしめて気持ち悪い笑みを浮かべるリリスを尻目に受付嬢のヒノミさんは顎に手を当て、真剣な表情で魔獣分布の分析をしていた。

 

「ガラルドさんとリリスさんが討伐したガルムは長い歴史の中でヘカトンケイル平原に出現したことはありません。やはり世界的に魔獣の生息分布が変動するような何かが起きていそうな気がします。これからも気を付けてくださいね」

 

「ああ、ありがとう。シンバードへ行っても気に留めておこう」

 

「はい、そう言ってもらえて何よりです。それとスターランクのことですが、今回の戦績でガラルドさんは31、リリスさんは一気に4まで上がりました。おめでとうございます」

 

 満面の笑みで拍手を送ってくれているヒノミさんだったが、リリスは何か不満なようで小声でヒノミさんにお願いしはじめる。

 

「たった2人でガルムを倒したのですから、私のスターランクを一気に15ぐらいまで上げて貰えませんかね? 私とヒノミンの仲じゃないですかぁ」

 

「すいません、ギルドにはスターランク昇級に関する厳密な取り決めと計算式がありますのでリリスさんだけを特別扱いすることはできません」

 

 ヒノミンというのはリリスが勝手に作ったあだ名だろうか? 人との距離感を直ぐに詰められるのは正直羨ましい限りだ。とはいえコネで昇級しようとするあたり図々しい奴でもあるが。

 

 そして俺達はヒノミさんとの会話を切り上げて宿屋へと戻った。

 

 ただの雑魚魔獣狩りがまさかあんな大物狩りになるとは思わなかったが、怪我もすることなく報酬も沢山もらえたからよしとしよう。それよりも気になるのが魔獣の活性化だ。

 

 もし、予想以上に大きな異変が起きているのだとしたら小規模パーティーの俺達にとってきっと負荷が大きくなってくることだろう。

 

 

 

 良くないことが起きないよう俺は祈っていた。しかし、僅か2日後――――とんでもない事態がヘカトンケイルで起きることとなった。