【第16話】独特過ぎる国と王

 

 

 

 沼地、山岳地帯と険しい旅を続けてきた俺達は遂にシンバード行きの船が出る『港町ポセイド』に到着した。

 

 町の大きさで言えばヘカトンケイルの2割にも満たない小さな港町ではあったが、夕暮れ時にも関わらず商店はみな大盛り上がりのようだ。

 

 俺達は早速船着き場へ行き、リリスが出船状況を確認するべく船乗りに話しかける。

 

「すみません、お聞きしたいのですが、私達シンバードへ行きたいと思っていまして1番早く出る船だと、どのくらいの時間に出発しますか?」

 

「シンバードなら2時間後に出る船が1番早いね。ポセイドからシンバードに行く海域は普通の海と違って夜から早朝にかけて移動するのがもっとも安全だからね。明るい時間帯はクラーケンを始めとした危険な海洋モンスターが出没するんだ」

 

 ポセイドからシンバードへの船は夜に乗ることになるというのは昔、ハンター仲間から聞いたことがあったが、そういう理由だとは知らなかった。

 

 逆に言えば危険な海洋モンスターを討伐する事ができれば大金が手に入るかもしれないから、この話は覚えておくことにしよう。

 

 船乗りに礼を言ったあと、俺達は船が出るまで時間をつぶし乗船する。

 

 俺もリリスもよっぽど疲れていたのか、船の客室に入って直ぐにベッドへ横になり、あっという間に眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 

 本当は海の景色を眺めたり他の乗客からシンバードの情報を集めた方がよかったのかもしれないが……。とは言っても夜の海は何も見えないから景色もなにもないのだが。

 

 10時間近く爆睡した俺達は、廊下から聞こえる騒がしい声で目を覚ました。そろそろ着いたのかもしれないと俺達も部屋を出て甲板に移動すると、眩しい朝日を横目に海岸に広がる大きな街が目に入る。

 

 手すりを掴んでピョンピョンと跳びはねるリリスがうわずった声で喜んでいる。

 

「見てくださいよガラルドさん、シンバードですよ! 綺麗な街ですね、海面の光が反射して一層美しさに磨きがかかっていますよ」

 

 リリスの言う通り本当に綺麗な街だ。水平線のように広がる街は白を基調とした石造りの建物がほとんどだ。家や屋根の形も四角に統一されていて、斜めのところなどほとんどない。

 

 街の更に奥にある宮殿のような場所だけは薄い青色で丸っこい造りをしているが、それが異質で逆に荘厳さを感じさせる。

 

「ああ、確かに綺麗な街だ。観光するのが楽しみだな」

 

 期待を乗せた船は陸へゆっくりと近づいていき港で停止する。船乗りに別れの挨拶をすませた俺達は勢いよく街へと飛び出した。

 

 

 

 港から少し離れたところにある商店通りへ辿り着くと、そこでは怒号にも似た張りのある声があちらこちらで飛び交っている。

 

 ポセイドよりも更に強い盛り上がりをみせる町民たちを眺めていると、シンバードがいかに栄えているかがよく分かる。

 

 俺は町の人達がどんな会話をしているのか気になり、少しだけ聞き耳をたててみた。

 

「さぁさぁ取れたばかりの新鮮な魚だよ、寄っていってね! 『ジャッジ』も美味いと言っていたからお墨付きだよ!」

 

「おい、そこのジジイ! うちの酒にケチつけやがったな、うちの酒の品質は『ジャッジ』に誓って手抜きはしてねぇぞ!」

 

「そこの姉ちゃんたち、列にはしっかり並んでおくれ。あんまりひどいと『ジャッジ』に叱られるよ」

 

 あちらこちらから聞こえる『ジャッジ』という単語は一体何なのだろうか? 人のようにも神のようにも感じる扱いに首を傾げていると、俺の目の前で突然ゴロツキの男と露天商の男が口喧嘩を始めた。

 

「ああ? 俺がこのアクセサリーに傷をつけたって言ってんのかァ?」

 

「その通りだ、どうせワザと傷をつけて値下げさせようという魂胆なんだろう?」

 

「そんな訳ねぇだろ! てめぇこそ偽物の素材を使ってアクセサリーを作ってるだろうが!」

 

「何だとぉぉ!」

 

 騒がしい商店通りの人間たちも2人の争いが気になり始めたのか周りに集まって見物を始めた。

 

 俺はますますヒートアップする2人を止めた方がいいと思って近づいていくと俺よりも早く人混みを掻き分けて進む男が現れた。その男は妙に派手な服を着ており、そのまま口喧嘩中の2人の間に割って入った。

 

「まぁまぁ、お2人さん落ち着きなって。ここは闘争と|誠《まこと》の街シンバード。争うのは全然構わないが、やるならスパッと決めてしまおう」

 

 ゴロツキと露天商は同時に『誰だコイツは?』 と言わんばかりに派手な男を見つめる。派手な男は服装に負けないぐらい目鼻立ちがくっきりした顔をしており、細身ながらも背が高く、どこか気品のようなものを感じる。

 

 そして派手な男は更に話を続ける。

 

「とりあえず、俺を含む周りの人間にも聞こえる様にどういった流れで言い争いになったかを聞かせてくれないか?」

 

 ゴロツキと露天商は自分こそ正しいと言わんばかりに派手な男に状況を説明している。ウンウンと頷いた派手な男は状況を整理し始めた。

 

「なるほどなるほど、つまり露天商のお兄さんは商品を傷つけられたと文句が言いたいのだな。一方、強そうな兄ちゃんは自分がつけた傷ではないし、商品は本物ではないと主張したい訳か。だったら今から事実関係を確かめたいところだが、その前に自己紹介をしておこう。俺の名前は『シン』 この街を含む、この一帯のトップ、つまり国王だ。あんた達の顔は初めて見るから恐らく最近別国から来た人間だよな? これからよろしくな」

 

 『シン』という自称国王の男は国王とは思えないフランクな態度で自己紹介を終えた。ゴロツキと露天商も俺と同じく嘘だと思ったのではなかろうか。とはいえ派手な服やアクセサリーを付けている点から少しだけ信憑性はあるのかもしれないが。

 

 シンは腰にぶら下げている細剣を鞘から取り出すと、細剣を2人に見せながら説明を始める。

 

「この細剣の名はジャッジメント。世界でも十数点しか発見されていない幻の秘宝アーティファクトの1つだ。ジャッジメントに攻撃能力は一切ないが、その名の通り審判を下す能力がある。問いかけに対して『はい』か『いいえ』で答えた相手に細剣を刺すと、その答えが嘘か本当かを見極める能力が備わっているんだ」

 

 シンの説明を聞いてようやく少しだけ分かってきた。恐らくジャッジメントを持っているシンは街の代表者であると同時に人気者なのだろう。

 

 そんな神懸った能力があるからこそ街の人達が『ジャッジが美味いと言っていた』『ジャッジに誓う』『ジャッジに叱られる』と言っていたのだろう。敬意と能力が掛かったシンにとっての二つ名のようなものなのだろう。

 

 細剣を構えたシンはまず最初にゴロツキに問いかけた。

 

「あんたは本当に商品に傷をつけていないのか?」

 

「……はい」

 

 返答を確認したシンは早速ゴロツキを細剣で貫いた。身体を貫いた細剣は音もたてず、まるで刀身の一部が存在しないかのようにゴロツキの背中から少しだけ飛び出ている。

 

 シンは身体を貫いてから数秒ほど待ったあとに細剣を抜いて上へと掲げる。すると細剣が突然赤く光り始めた。それを確認したシンはゴロツキへ告げる。

 

「刀身が赤くなったということはあんたの言っている事は嘘だ、悪いが罰は受けてもらう」

 

「ちくしょう……何でそんな剣1つに大事なことを決められなきゃいけないんだよ!」

 

「アーティファクトの力は良くも悪くも絶対だ。現に周りの人達を見てみな、ジャッジメントの力を信じ切っているだろう? それにアンタ自身が1番真実を分かっているはずだ」

 

 言いくるめられたゴロツキは悔しそうに俯いた。これでこの騒動は終わりかに思えたがシンは更に話を続ける。

 

「それじゃあ次は露天商のお兄さんを調べる番だな」

 

 既にゴロツキの男が嘘をついているということが判明しているのだが、これ以上調べることに意味があるのだろうか?

 

 露天商の男も同じことを思ったようでシンに問いかける。

 

「あの男が商品を傷つけたことは分かっているのに今更私を調べる意味はないでしょう!」

 

「物事は必ずしも陰と陽、表と裏のような対極性があるとは限らないからな。一応調べさせてくれ。露天商の貴方に質問だ。貴方の売っている商品の素材表記に嘘偽りはないか?」

 

「……はい」

 

 ゴロツキの時と同じ様な溜めのある答えが返ってきたあと、シンは細剣を構えて露天商の男を貫いた。

 

 細剣が映し出した結果はゴロツキと同様の赤色……つまり嘘であった。

 

「あらら、どっちも悪い奴だったか、これはよくないな。アンタたちは国の決まりに則って後で罰金を払ってもらおう。そして俺の仕事は真実を明らかにするだけに過ぎない。それ以上に決着をつけたいならシンバード流に従って|周判戦《しゅうはんせん》で決めてもらおう」

 

「周判戦って何だ?」

 

 ゴロツキは俺と全く同じ疑問をシンに投げかける。

 

「周判戦は争いをしている当事者を除いた周りにいる人に勝敗を判断してもらって物事の決着をつけるシステムだ。シンバードの至るところに置いてある周判戦専用の用紙に決闘者と審判者を記入した後、自分達で決めたルールで戦って、審判者が票を記入するだけのシンプルな仕組みさ。戦いの内容も死んでしまうような内容を除き、当事者と周りの人がオッケーと言えば何でもいい。『コインの裏表を当てる勝負』でも『殴り合い』でも、何でもね」

 

 俺の想像以上にシンバードは国王と法律がぶっ飛んでいるようだ。栄えていると感じた第一印象もジャッジメントとシンの存在が大きく作用しているのだろう。

 

 街の人間もどこか活きの良い人達ばかりなのも白黒をハッキリとつける国柄に寄っているからかもしれない。それが正しいのかどうか俺には判断できないが、国の在り方として正解の1つなのかもしれない。

 

 気がつけばギャラリーも見世物のように盛り上がり始めていて「やれぇ! やれぇ!」と2人を焚き付けている。

 

 嘘を暴かれたうえ、周りにも焚き付けられた2人は興奮してきたのか『殴り合いで先に3発殴った方が勝ち』『敗者は勝者にお金を払う』というルールのもと周判戦をはじめようとしていた、ハッキリ言ってめちゃくちゃだ。

 

 周りにいたギャラリーのうち5人が審判の役目を買ってでて、他のギャラリーもいつの間にかどっちが勝つかを賭け始めている。

 

「この国はめちゃくちゃ過ぎますよ……」

 

 リリスは呆れ顔で人々を見守っている。

 

 そして、ゴロツキと露天商は拳を構えて殴り合いを始めた。結果としては意外にも露天商の方が強く、ゴロツキは紙に記入したであろう金額を勝者である露天商に渡し、この場を去っていった。

 

 悪い事をしたとはいえ、殴り負けたうえに金まで払う事になったゴロツキが少し可哀想に思えたけれど、白黒ハッキリさせたという点だけを見れば納得がいったかもしれない。

 

 周りのギャラリーもゴロツキを笑う事なく、むしろよく戦ったと言わんばかりに拍手と労いの言葉を贈っていた。

 

「兄ちゃん、惜しかったな、よく頑張ってたぜ!」

 

「決着をつけようとした勇気があるだけ立派なもんだ、次は負けんなよ!」

 

 喧嘩が咎められなくて、敗者が叩かれない不思議な国シンバードはまるで異世界かと思わされるくらいの異質さだ。善悪や正しさは抜きにして、気が付けば俺はこの国に凄く興味が湧いていた。

 

 俺はシンという男と話してみたい! という気持ちが抑えきれず、シンが去っていった方向へ急いで追いかけることにした。