石川城太が深井杏奈の病室から出てきたとき、須藤夏子はすでに隣の病室に身を隠していた。
だから深井杏奈も石川城太も、彼らの会話がすべて夏子に聞かれていたことを知らなかった。
城太が真相を突き止めたことに夏子は衝撃を受けたが、彼が杏奈のために真相を隠すつもりだと聞いたとき、彼女はまったく驚かなかった。
ある人への信頼をすべて失ったとき、その人が何をしても驚くことはない。
本当に彼女を驚かせたのは、杏奈のほうだった。
自分が最も愛する人に結婚式で子供を奪われたというのに、杏奈がこれほど冷静でいられるなんて、さらにはその人と共謀し続けられるなんて。夏子には理解できなかった。杏奈にとって、一体何が人生で最も重要なのか。
富?地位?
そうだろう。
富と地位がなければ、どうやって彼女と死闘を繰り広げられるというのか!
過去も未来も、彼女が誰であろうとも、杏奈は最初から彼女を許すつもりなどなかった。これほど長い間我慢し、多くの恨みを捨ててきたのに、得たのはこんな結果だなんて!
それならば……杏奈、古い恨みをきちんと清算しましょう。誰が先に死ぬか、見てみましょう!
夏子は隣の病室で静かに2分ほど座っていた後、ゆっくりと目を開けた。彼女の眼差しはいつものように澄んでいて清らかだったが、薄い霧がかかったように見えた。病室を出るときには、その霧は突然消え去り、まるで最初からなかったかのようだった……
西園寺真司が電話を終えて戻ってきたとき、ちょうど夏子がゆっくりと向こうから歩いてくるのが見えた。以前と同じ姿勢なのに、真司には何か違うものを感じた。
彼女はあまりにも平静すぎた。その平静さの中に、以前の彼女にはなかった芯の強さが感じられた……
「杏奈に会ったのか?」真司は彼女の前に立ち、静かに彼女の瞳を見つめながら尋ねた。
夏子は首を振り、「城太さんが杏奈さんの病室に入るのを見たので、避けました。トイレに行っていたんです」と言った。
真司は彼女が目をそらすこともなく、表情も平静さ以外に変わったところがないのを見て、不安な気持ちがさらに強くなったが、それを抑えながら深刻な声で再び尋ねた。「もう少し待って杏奈に会うか、それとも直接須藤家に行くか?」
夏子は再び首を振り、「どちらも必要ありません。家に帰りましょう」と言った。