永川安瑠が最上階に着くと、橋本南がオフィスから出てきて、彼女の方へ歩いてくるのが見えた。彼女を見た時、彼の目に驚きの色が浮かび、まるで彼女がここに来るとは思っていなかったかのようだった。
「安瑠、どうしてここに?」橋本はファイルを手に持ち、それを腕の下に挟みながら、安瑠に近づいた。
安瑠は少し気まずそうな笑みを浮かべて答えた。「武内さんを探しているんですが、いらっしゃいますか?」
社長を探している?
南はさらに驚き、安瑠をじっと見つめてから言った。「武内社長は会議室にいます。会議終了まであと20分ほどですが、待ちますか?」
安瑠は少し考えてから頷いた。「はい」
南は安瑠を社長室の隣の応接室に案内し、彼女に座るよう勧めてから、出て行って新鮮なフルーツジュースを持ってくるよう人に頼んだ。
応接室には安瑠一人だけだった。彼女はソファの隅に寄りかかり、待つのに少し退屈になったので、ポケットからスマホを取り出し、小さなゲームを開いて遊び始めた。
応接室の外で、南は会議室から出てきた武内衍から数枚の書類を受け取り、彼の後ろについて歩いていた。
「これらの書類を整理して、まとめておいてくれ。すぐに使う」武内は冷たい声で言い、優雅な姿で前へ進んでいった。
「かしこまりました」南は頷いてから、少し躊躇した後で武内に言った。「社長、永川さんがお会いしたいと来られています。今、会議室に…」
南の言葉が終わるか終わらないかのうちに、前を歩いていた男性の足が止まり、体を少し横に向けた。その細長く深い黒い瞳は、まるで古い井戸の水のように、一切の波紋を見せなかった。
社長のこの目つきは何だ?もしかして安瑠が彼を訪ねてきたことを喜んでいないのか?
南は思わず、自分が余計なことをしたのではないかと考えた。
しばらくして、衍はゆっくりと口を開いた。「彼女を私のオフィスに案内しろ」
「…はい」南はほっとした。彼の小さな心臓が驚いた。武内が安瑠に会いたくないのではないかと思ったのだ。
「それから、彼女が入ったら、誰もここに近づけるな」武内は淡々と指示し、長い脚で立ち去った。
社長は…安瑠に何かするつもりなのか?
南は思わず変な想像をしてしまい、しばらくしてようやく妄想の世界から戻り、応接室へ向かった。