第108章 彼女は私たちに見つかることを全く恐れていない

初陽は嘲笑うように笑い、彼の忠告を拒否し、彼の手を払いのけて、急に振り返った。

彼女の目に飛び込んできたのは、慌てふためいた春木錦だった。

錦は長めの黒いダウンジャケットを着て、キャップとサングラスをかけ、撮影現場の隅でこそこそと身を潜め、じっと初陽を見つめていた。

初陽の視線に気づいても、彼女は慌てる様子もなく、堂々と姿を現し、一歩一歩初陽に近づいてきた。

初陽は眉を上げ、冷笑した。「ほら見て、彼女は私たちに見つかることを全然恐れていない…」

石川桐人は口元の笑みを引き締め、振り返って錦を見た。その瞳には冷たい光が宿っていた。

初陽は腕を組み、久しぶりに会うものの、ずっと陰で彼女を陥れようとしていた錦を見つめた。

今回再会して、彼女は錦が何か変わったように感じた。

具体的にどこが変わったのかは言えないが、ただの感覚だった。

「石川先生、初陽さん、今日は初めての共演でしたが、とても息の合った演技でしたね。石川先生については多くを語る必要はないでしょう、さすが影帝を獲得した方ですから。初陽さんについては、目を見張るものがありました。新人とは思えない演技力で、まさに驚異的です。これからも協力する機会が多いと思いますので、一緒に素晴らしい化学反応を起こせることを願っています」錦が近づいてきて、笑顔を浮かべながら温かみのある口調で言った。

突然、錦にこんなに褒められて、初陽は少し戸惑った。

この錦が、彼女に好意的になる日が来るとは？

異常なことには必ず裏がある。

「いいですよ、これからも春木先生にご指導いただければ」初陽は手を差し出し、笑顔で錦の手を握った。

演技なら、誰にでもできる。錦が一体どんな策略を巡らせているのか見てやろう。

「春木先生ですって？とんでもない…」錦は初陽に恐縮したように見せ、手をばたつかせた。

さりげなく自分の手を初陽の手から抜こうとしたが、初陽の握力はとても強く、彼女はすぐには逃れられなかった。

「あなたは私より演技経験が豊富だから、春木先生と呼ぶのは当然でしょう。石川先生もそう思いませんか？」初陽は軽く微笑みながら、横に立って黙っている桐人を見た。

桐人の表情が少し曇った。元々は初陽に「石川先生」と呼ばれたことで得意になっていたのに、この女は誰に対しても「先生」と呼ぶらしい。