優秀な方向音痴の木村伊夜

「ありがとう、お姉さま。わかりました」

木村伊夜は甘く微笑んだ。彼女は伏し目がちに手の中の薬剤の箱を見つめたが、その瞳の奥には冷たさが宿っていた。

前世で彼女の命を奪ったのは、まさにこの薬だった。

「お姉さまがお忙しくなければ、私はこれで失礼します」彼女は薬剤をしまい、車から降りる準備をした。

しかし木村凪咲は突然彼女の手首を掴んだ。「星夏、帰国後の活動について何か計画はある?前もって知っておけば、私も力になれるから」

その言葉を聞いて、伊夜は浅く微笑んだ。

彼女は顔を上げ、真摯で無邪気な目で姉を見つめた。「まだ何も考えていないの。どうしたらいいか分からなくて…」

話しながら、彼女の美しい瞳は潤んでいた。

まるで霧に包まれた森の中で道に迷った、か弱い子鹿のようだった。

「そう」凪咲は軽く彼女の肩を叩いた。「大丈夫よ、お姉さんがついているから」

「うん、じゃあ行くね」伊夜はうなずいた。

しかし心の中では相変わらず密かに白い目を向けていた。ふん、クソ姉め…

まさか彼女が愚かにも、これからの計画を姉に話すとでも?

伊夜が車から降りて去ると、凪咲は彼女の後ろ姿を見つめながら、作り笑いをゆっくりと消した。

彼女は目を沈ませ、携帯を取り出した。「高橋、一部のメディアとファンの口を封じて」

先ほど中央広場で起きたことは、絶対に彼女に不利な形で露出させるわけにはいかなかった。

歌姫星夏の座を奪う件については、じっくりと時間をかけて計画を練ればいい…

伊夜は桜咲の視界から消えると、すぐにその薬剤の箱をゴミ箱に投げ捨てた。

彼女の心臓病については、また別の方法を考えるつもりだった。

もう二度と桜咲や藤原柚葉の言葉を信じることはないし、他人に頼ることもない。

「リーン——」

そのとき、伊夜の携帯が突然鳴り響いた。

「どこにいる?」宵月司星のやや冷たい声が、受話器から流れ出てきた。

伊夜は少し驚いた。「すぐに戻ります」

この時間、司星は会社にいるはずなのに、なぜ彼女が薔薇園にいるかどうかを気にしているのだろう?

司星の声は少し沈んだ。「聞いているのは、どこにいるかだ」

男の不機嫌さを感じ取り、伊夜は軽く口を尖らせながら、周囲の建物を見上げるしかなかった。

うーん…

彼女はどこにいるのか?

自分がどこにいるのか、誰が知るというの!