宵月司星のズボンを履かない黒歴史

小野舞羽はフルーツの盛り合わせをガラスルームに運び込み、お茶も一壺淹れた。「お母様、では私も先に失礼します」

石川秋実は満足げに頷いた。

彼女の視線は終始木村伊夜の上に注がれ、瞳の奥には濃い笑みが宿っていた。

「伊夜、こんなに長い年月が経ったのに、おばあちゃんはまだ一度もあなたに会ったことがなかったのよ。しっかり見させてもらわないと」秋実の手はとても温かく、その笑顔も伊夜の心を温めた。

宵月家の人々は皆彼女に優しかった。

まるで血のつながった家族のような温かさを感じさせてくれる。それは木村家では決して与えられなかった感情だった……

「おばあ様、お茶をお入れします」

伊夜は軽く微笑み、立ち上がってお茶を一杯注いだ。温度は丁度良く、「おばあ様は西湖龍井がお好きなんですね?」

彼女はその淡い香りを嗅ぎ、大体見当がついた。

木村光男もお茶を嗜むのが好きで、西湖龍井、洞庭碧螺春、祁門紅茶、どれも好んで飲んでいた。

小さい頃、彼女は光男の周りをうろうろしながら一緒にお茶を味わい、お茶の知識を少しばかり学んだ。専門家とは言えないが、将来嫁いだ先で姑に嫌われないようにはなるだろう。

「何が好きも嫌いもないわよ」秋実は慈愛に満ちた表情で笑った。「ただ何となく飲んでいるだけよ」

伊夜は微笑み、半分だけ信じた。

お年寄りはお茶を楽しむものだ。特に宵月家のような深い教養のある環境ではなおさらだろう。

二人はお茶を飲みながら雑談を始め、話が進むにつれて雰囲気はますます良くなった。秋実はついに伊夜に噂話をし始めた。「うちのあの困った子ったら、小さい頃はズボンを履くのが嫌いでね……」

「本当ですか?」伊夜の瞳が輝いた。

「そうなのよ!いつも裸で外を走り回っていたわ」

秋実は楽しそうに笑った。「家中の使用人が彼を追いかけ回して、何とかズボンを履かせようとしたものよ!」

こんな大きな噂話を聞いて、伊夜は口元を抑えきれないほど笑い、心の中で宵月司星を徹底的に嘲笑した。

この人が小さい頃に変な癖を持っていたなんて……

ズボンを履くのが嫌い?

その光景を想像するだけでおかしくなる。どうやって後にあんなに腹黒くて落ち着いた性格に発展したのか不思議だ。