石丸英庭は棚木知恵を守っている

運転手は車の中から棚木家の豪邸をしばらく眺めていた。車を発進させる時にも彼女に尋ねた。「こんなに立派な家なのに、送ってくれる運転手はいないんですか?」

今日は作り笑いに疲れた棚木知恵は、無表情で答えた。「ここは私の家じゃないわ。ちょっと用事があって寄っただけ」

「そうですか」

こんな場所に住める人は、金持ちか権力者に決まっている。

この娘は確かに綺麗だが、身につけているものはどれもブランド品ではない。考えてみれば、ここに住んでいるはずがない。

棚木知恵が現在住んでいる場所は80平米ほどの2LDK。小さいながらも必要なものは揃っていた。

彼女はソファに座り、ノートパソコンを取り出して、先生から送られてきた資料を見た。

CE集団の石丸英庭。

この集団はいったいどれほど大きいのだろう。

名前を挙げられるような情報技術、医薬品、機械、不動産などの産業の会社名の中に、CEが出資しており、しかもその株式は少なくない。

そして石丸英庭はCE集団の執行取締役であり、CE内部では絶対的な決定権を持つ人物だ。彼の資産は少なくとも数万億円はあるだろう。

おそらく彼の身体的な理由から、石丸英庭はこれまでどのメディアのインタビューも受けていなかった。

それが今回、江都の経済番組のインタビューを受けることになったのだ。

棚木知恵は石丸英庭が歪んでいるという噂を覚えていて、心ではこのような大物と関わりたくないと思っていた。

彼女は先生にメッセージを送り、なぜ自分が行くことになったのか尋ねた。

すぐに先生から返事があった。

なんでも石丸英庭が以前京市のメディア大学で講演した際、知恵が質問したことを先生が知っていたのだ。

彼は棚木知恵がすでに石丸英庭と接点があるなら、彼女を連れて行けばより多くの質問を引き出せるかもしれないと考えたのだった。

考えていると、先生からさらにメッセージが届いた。

先生:プライベートな質問もいくつか準備しておいて。金曜日の会話が順調なら、チャンスを見つけて聞いてみて。

それを読んだ棚木知恵は言葉に詰まった。

プライベートな質問って、どこまで??

例えば「付き合った彼女は何人いますか?」とか……?

彼女はその光景を想像した瞬間、首をブンブン横に振った。

「そんなこと聞いたら、明日もう生きてないかも!」

……

棚木知恵は仕事を終えると、午後4時30分ちょうどに先生と一緒にCE集団へ向かった。

「さあ、車に乗って」橘文成(たちばな・ふみなり)はタクシーを呼ぼうとしていた棚木知恵に声をかけた。

知恵はためらわず、笑顔で答えた。「ありがとうございます、先生」

道中、知恵は父からの電話を受けた。

彼は何度も念を押して、必ず石丸英庭の前で棚木商事の名前を出すように言った。

できれば石丸英庭に彼女のことを覚えてもらえればなお良い。

棚木知恵は適当に相槌を打って、電話を切った。

橘文成はバックミラー越しに棚木知恵を見て、言った。「知恵さん、石丸社長へのインタビューは私たちが苦労して得たチャンスだ。変なことして台無しにしないでくれよ」

棚木知恵は微笑んで答えた。「先生、ご安心ください。余計なことは何も聞きません」

彼女は自分の立場をよく理解していた。

父の念押しについては……

犬の遠吠えのように聞き流すだけだった。

橘文成は車で棚木知恵をCE本社まで連れて行った。

特別秘書がすでに下で待っており、棚木知恵を見るとすぐに駆け寄ってきた。

「橘記者、棚木記者、CE集団へようこそ」特別秘書は橘文成と棚木知恵と順番に握手を交わした。

「5時半まであと10分ありますが、よろしければ、社内をご案内しましょうか?」

「よろしいですか?」

「もちろんです」

棚木知恵は今回写真撮影も担当していたので、写真を撮ってもいいか尋ねた。

特別秘書は快く頷いた。

橘文成はにこやかに言った。「知恵さんは私たちの局で写真を撮るのが一番上手な記者です。学生時代にも多くの賞を取りました」

特別秘書は完璧な笑顔で応じた。「それはすごいですね、棚木記者」

このことは彼ももちろん知っていた。

橘文成は目配せで「いい写真を頼むぞ」と合図。

棚木知恵はやる気が湧いてきて、一気にたくさんの写真を撮った。

石丸英庭に会いに行く時になって、やっと彼女はカメラを下げ、アシスタントとして大人しく橘文成の後ろについて行った。

会議室の階に着くと、目の前で開いたドアから次々と人が出てきた。

最前列の中央にいる男性が車椅子に座っていて、身をかがめて話しかけてくる人の話を横顔で聞いていた。

棚木知恵は一目で彼だと分かった。

石丸英庭。

仕立てのいいスーツ、無造作に肘掛けに置かれた手。首筋にははっきりとしたラインが浮かび、目を奪われたほどだった。

後ろにまとめられた黒髪の前には、美人尖と呼ばれる額の尖り。眉骨から鼻梁、薄く整った唇まで、どれも美しく整っている。

車椅子に座っていても、彼の持つオーラは後ろのエリートたちを圧倒していた。

棚木知恵は少し呆然として、思わずカメラを上げ、この瞬間を撮影した。

石丸英庭はカメラのシャッター音を聞いて、振り向いた。

シャッター音が小さく響き、棚木知恵はようやく自分が何をしたか気づいた。謝ろうとしたが、それよりも早く周囲が騒然とした。

「今の、何を撮ったんだ!」一人の男が怒鳴りながらカメラを奪い取った。

「石丸社長は写真を撮られるのを嫌う。常識も知らんのか!」

「さっさと写真を消して、この女を追い出せ!」

チャンスとばかりに石丸英庭の前で自分の存在をアピールしようとする者が、棚木知恵を押しのけた。

棚木知恵は後ろによろめき、やっと体勢を立て直した。眉をひそめて言った。「さっきの写真は消してもいいです。でも、それ以外のデータは勝手に触らないでください」

石丸英庭は棚木知恵を見つめ、視線を男に移し、冷淡な口調で言った。「勝手に人の物を奪えと、誰が言った?」

棚木知恵のカメラを奪って写真を消そうとしていた男は動きを止めた。

「彼女にカメラを返せ。そして辞表を出してこい」

男は雷が落ちたような衝撃が走った。

それだけではなく、棚木知恵を追い出そうとしていた二人にも、石丸英庭は淡々と言った。「君たちもだ」

静寂。

その三人は石丸英庭の平淡ながらも去就を決める言葉に打ちのめされ、青ざめた表情で会議室を出る時も、自分が何を間違えたのか考えていた。

彼らには尋ねる勇気すらなかった。

棚木知恵は取り戻したカメラを抱きしめ、まだ状況を把握しきれていなかった。

「石丸社長は噂通り、なかなか読めないね」橘文成は小声で棚木知恵に感嘆した。

棚木知恵は石丸英庭をちらりと見て、彼がこうした行動をとった意図がつかめなかった。

もし彼女の行動が気に食わなかったのなら、写真の削除を命じるだけでよかった。なのに――彼は、彼女を責めるどころか、擁護した。

――自惚れじゃないつもりだが、そうとしか思えない。

「でもさ、あんなに独断的で、ほんとに人集まるのかCEに?」

橘文成の声は小さかったが、特別秘書はそれを聞いていた。

「橘記者はご存知ないかもしれませんが、CEに入りたがる人は後を絶ちません。むしろ、評判を落とす人は早々に辞めてもらった方がいいんです」

「なるほど」棚木知恵はさっきまでの複雑な気持ちは、ふと消えていた。「すみません、さっき石丸社長が会議室から出てきた時、とても印象的だったので、思わず一枚撮ってしまいました」

「ご迷惑だったなら、すぐに削除します」

「それは……ご本人に確認してください」