水仙花街2号。クラインはアーツックにうなずくと、サッと玄関前に移動し、鍵を取り出してドアを開けた。
すでに帰宅していたメリッサがドアの鍵が開く音を聞きつけ、慌ててキッチンからリビングに近づく。
そしてクラインがいるのを見て、ぱあっと目を輝かせた。
「材料は買ってあるよ。鶏肉にジャガイモに玉ねぎ、イボダイ、カブ、エンドウ豆。あと小瓶入りのハチミツ。」
妹よ、お前もたまにちょっと「贅沢」することに慣れたんだな?クラインはクッと小さく笑った。
「今日の夕飯は君が作ってくれ、俺の分はナシで。用事で出かけなきゃならない、帰りは朝になるかも。ホーイ大学の史学科のアーツック先生の手伝いだ。」
そう言うと、半身になって外で待っている馬車を指差した。
メリッサは二度、口を開きかけて最後には尖らせた。
「ふ~ん。」
クラインは妹に「じゃあな」と声をかけて玄関を出ると、アーツックが借り切った馬車に乗り込んだ。ラムダ町には2時間40分ほどで到着する。
この時は21時近くで外は闇。たまに雲間から差し込む緋色の月とささやかな星灯りが、路傍のガスランプのない場所を照らしていた。
御者に町で待つよう言いつけると、クラインはアーツックを伴い、打ち捨てられた古城に向かった。
歩いていくうちにアーツックの足取りが早くなっていき、こちらが小走りしないと置いていかれる。しまいには、アーツックが先に立って歩いていた。
クラインは話しかけようと思ったが、彼の押し黙った顔と引き結ばれた唇を見て、出かかった言葉を呑み込んだ。
この速さのおかげで、2人はいくらも経たないうちに打ち捨てられた古城の前に到着した。
今にも廃墟になり果てそうな古城が、黒々とした闇の中に横たわっている。空高く突き出た尖塔はうら悲しく荒涼として、不気味で暗澹としていた。
アーツックは古城を見つめたまま足取りを緩め、そこに立ち止まった。目は時に幽玄さを湛え、時に朦朧として、まるで夢とうつつのあわいを彷徨っているようだ。
突如、彼は大きな唸り声を上げて額を鷲掴んだ。顔の筋肉がひどく引き攣っているようだ。
「アーツック先生、ど、どうしたんですか?」クラインは霊視を発動しながら、注意深く問いかける。