「……」
この小道には人も車も通っていなかった。
遠くから風の音だけが聞こえ、寺田凛奈の声は風と一体となって、入江和夜は一瞬、何か聞き間違えたのではないかと感じた。
彼は困惑した表情で寺田凛奈を見つめ、躊躇いながら尋ねた。「今、何て?」
寺田凛奈はその小さな子を見つめた。
入江和夜は幼い頃から入江桂奈に育てられ、変わった性格で頑固だった。今も全身に棘を立て、外界からの温もりを全て拒絶しているようだった。
彼女は藤本建吾の方を振り向いて見ると、建吾は安全を確認した後、安心して眠りについていた。
寺田凛奈は片手で藤本建吾を抱きながら、もう一方の血の付いた手を入江和夜に差し出した。「改めて、私はあなたのお母さんよ」
入江和夜は彼女の手のひらにある印を凝視した。
まだ聞き間違いだと思い込んでいた。「何のお母さん?継母?」