現実は厳しいものだ。あの惨劇から15年経った今も、地球の状況はほとんど変わっていない。あのモンスター、オムニヴォラックスは未だに突如として現れ、誰にも予測できない。
人類の守護者であるはずの「エーテル軍」も、先端技術を備えていながら無力に等しい。
俺は今、土砂降りの雨の中に立っている。かつて平和だった街――あの馬鹿みたいなモンスターどもが現れる前の街だ。
ここまで生き延びてこれたのは、決して簡単なことじゃなかった。過去に囚われた俺は、あの日助けられなかった妹のシナや母さんの姿に苛まれ続けている。ただの役立たずな人間なんだ、俺は。
この苦しみはいつ終わるんだ? いや、これが人類の終焉ってやつなのか?
降り続けるこの雨は、まるで人類の全ての苦しみを洗い流そうとしているようだ。今日の夜はいつも以上に心も体も疲れ切っている。あの日の記憶が、今でも俺を容赦なく追い詰めてくるんだ。
今の俺の仕事は、オムニヴォラックスの死体を片付ける清掃員だ。エーテル軍からは下っ端の仕事と見下されている。それでも、ただ生き延びるために、俺はその仕事を続けている。
そんな時、手にしていたスマホが振動した。画面には「オムニヴォラックス・フェーズ1 出現」のニュースが表示されていた。
「……」
ああ、なんで今なんだよ。俺にどうしろってんだ? また街が破壊されていく様を、指をくわえて見てろってか?
雨音と人々の生活音に包まれていた街の夜が、オムニヴォラックスの出現で一変した。そいつは今、ゆっくりとこの街に近づいてきている。
そいつはまだフェーズ1だが、かなり攻撃的だ。身長は10メートルほどか? だが、その巨体は目の前のすべてを押しつぶしていく。
市民たちの叫び声が響き渡り、モンスターに襲われて次々と命を落としていく。
俺は道路の歩道に立ち尽くし、その惨状を遠くから見ていた。
クソッ…俺はどうすりゃいい? あいつらを見捨てて、どこか遠くへ逃げるのか? 生き延びるために?
だが、そんな考えが頭をよぎった瞬間、どこからかかすかな声が聞こえてきた。――子供の声か?
逃げるか、それとも助けに行くか。俺が迷う間もなく、体は勝手に動いていた。声のする方へ走り出していたんだ。
「……もう、もう二度と! こんなことを繰り返させるもんか!」
声の方に向かって走ると、そこには瓦礫に挟まれた少年がいた。その周りの光景はひどい有様だった。市民の死体が転がり、血があちこちに広がっている。建物は無残に壊れ、破片が散乱している。
血まみれの地面を踏みしめながら、俺は瓦礫の中の少年にたどり着いた。
「クソッ……気持ち悪い!」
少年のところに着くと、俺はすぐに瓦礫をどかそうとした。
「大丈夫だ。お前を助けてやる!」
「……」
少年は怯え切っていて、言葉を失っていた。恐怖で動けず、ただオムニヴォラックスの残虐な光景を見つめていたんだ。
「クソッ! 重てぇな! なあ、ここで待ってろ! 絶対に助けるから心配するな!」
瓦礫をどけようと力を込めたが、びくともしなかった。仕方なく、俺は何か使える道具を探しにその場を離れることにした。
少し離れたところで倒れていた少年の近くに、鉄の破片が転がっているのを見つけた。それを手に取ろうとした瞬間、俺の存在に気付いたオムニヴォラックスがこちらに向かって走り出した。
「くそっ……なんで今なんだよ!?バカな化け物め!」
俺はすぐに鉄の破片を掴み、少年を助けるために急いだ。
「おい、耐えろよ! ……くっそぉぉぉ!」
必死に鉄の破片を使って瓦礫を押し上げる。渾身の力を込めたその瞬間、ようやく少年を瓦礫から引き抜くことができた。
「よし! おい、まだ走れるか? あの道に向かって走れ! 急げ!」
俺は安全そうな方向を指差し、そこを目指すよう少年に伝えた。少年はただ頷き、震える足でなんとか走り去っていった。俺は少し安心して、その場に腰を下ろした。
「あぁ……これがヒーローの気分ってやつか? はは、悪くないな……」
だが、その安堵も束の間だった。先ほどのオムニヴォラックスの咆哮が耳に響き、振り向くとやつがこちらに近づいてくるのが見えた。
「……なんてこった。」
俺の目の前に現れたそれは、10メートルはある巨体。人間のような形をしているが、岩のように硬そうな肌を持ち、紫色に光る目をしていた。
やつは倒れた市民の死体を踏みつけながらこちらに向かってくる。その姿を見て俺は無意識に笑った。
「……哀れだな。これで終わりか? もしこれで終わるなら、俺の罪も全部消えるのか?」
そう考えている間に、やつは廃車になった車を持ち上げ、それを俺に向けて投げつけてきた。
「くそっ……!」
俺の体は車の衝撃で遠くまで吹き飛ばされ、廃墟の中に叩きつけられた。さらに最悪なことに、肩に鋭い鉄筋が突き刺さってしまった。
「……いてぇ! くそがっ!」
鉄筋を引き抜こうとしたが、体力が尽きかけているせいでうまくいかない。傷口から血が流れ続け、地面を赤く染めていく。
オムニヴォラックスは満足そうにこちらを見下ろしていた。ゆっくりと歩み寄るその姿に、俺は歯を食いしばる。
「化け物め……こっちは冗談じゃないんだよ……」
俺は肩に突き刺さった鉄筋を何とか引き抜き、体を無理やり立たせた。が、全身が鉛のように重い。血が流れすぎたせいで視界が揺らぎ、体に力が入らない。
オムニヴォラックスが腕を振り上げ、その鋭い爪で俺を切り裂こうとした瞬間、遠くからレーザーのような光がやつの腕を撃ち抜いた。
「……なんだ?」
驚いて声も出ないまま、その場に立ち尽くす俺。その隙に、どこからか現れた一人の女性が剣を持ってオムニヴォラックスに襲いかかった。
その女性の剣は緑色の光を帯びていて、彼女はまるで人間ではない戦闘マシンのように冷徹に見えた。その動き、その姿……見覚えがある。
「……シ……シナ……?」
その名を口にした瞬間、俺の視界は一気にぼやけていく。体の感覚が薄れていき、意識が闇に飲み込まれていく。
「はは……悪くないな……少しだけ……ヒーローらしいことができたかもな……」
彼女の剣がオムニヴォラックスを切り裂く音だけが耳に残り、俺は深い眠りに落ちていった。
戦いの音が徐々に遠くなる。だが、それを覆い隠すように、耳に入ってきたのは、どこか懐かしい小さな声だった。それは、まるで昔から聞き覚えのある声のようだった。
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「トウカ? 大丈夫?」
「うん... 大丈夫!さあ、続きをしよう!!」
その声……俺はまだ純粋だったあの頃の自分を見ているような気がする。
遠くから、自分が幸せだった頃の光景を見ている。もしかしたら、これは懐かしさのようなものかもしれない。
俺は小さな子供のようなトウカに近づこうとした。
しかし、彼らは俺の存在に気づいていないようだ。
何度も叫ぼうとしたが、声が出なかった。
「…」
ああ、これは死の前の世界なのだろうか?
遠くから、母とシナがその子供のトウカに近づいていくのを見た。
「…母さん!? シナ!?」
その光景はすごくリアルに感じられた。気づけば、何年も抑え込んできた涙が溢れてきていた。
「…」
その時、後ろから肩を軽く叩かれた。振り返ると、そこには――久しぶりに会う父親の姿があった。
「…父さん!?」
「よぉ、トウカ。ごめんな、こんな父親で…。俺、どうしても家族を大事にできなかったんだ。研究ばかりして、家を放っておいた。ほんとうにすまなかった。」
「…」
なぜここに?彼は本当にもう死んだはずじゃ…?
言葉が出てこなかった。久しぶりに見る父親の顔。そこに は、背負うべき重荷を感じさせるような表情があった。それでも、彼は無理に笑顔を作ろうとしていた。
「じゃあ、答えてくれ…。なんでそんなに研究にこだわったんだ? 家族を捨ててまで、何のために?」
「…」
「俺、本当にすまなかった。あれは人類の平和のためだった。宇宙で、新しく生まれたような惑星を見つけたんだ。」
「…あの惑星には、恐ろしいモンスターたちが住んでいた。そこには隕石のような岩がたくさんあって、それがまるで卵や巣のようだった。」
「…でも、システムのエラーで俺はその星に閉じ込められてしまった。地球に戻ることができなかったんだ。」
「…」
父の言葉が理解できなかった。何を言っているのか、全然わからなかった。ただ、言葉が出なかった。
その時、突然、強い光が目に入ってきて、すべてが白くなり、目の前が見えなくなった。何も見えなくなり、世界が静寂に包まれた。
その瞬間、問いが頭に残ったまま、すべてが静まり返った。