第576話

「やめなさい!」

天の声のような声が響き渡り、橋本南が振り向くと、栗原愛南が眉をひそめ、八木珊夏を見つめているのが見えた。

橋本南は目が赤くなっていた。「栗原お嬢様、私は本当に違います。私ではありません...」

八木珊夏は栗原愛南の方を向いた。「妹よ、どうしたの?私がこうするのは、彼女から配合を聞き出して叔父さんの命を救うためよ。あなたは実の娘なのに、私を止めるつもり?」

栗原愛南は彼女を見つめた。「橋本南は無実かもしれない」

「『かもしれない』って分かってるでしょう?もし彼女が毒を盛った本人だったら?」

八木珊夏は手を広げた。「疑わしきは罰せよという言葉があるわ!叔父さんは今、生死の境をさまよっているのに、あなたはその娘なのに、全然焦っている様子がないわね?」

彼女は栗原光雄の方を向いた。「小さい頃から側で育てた娘じゃないから、こんなに冷たいのね...」

栗原愛南は眉をひそめた。

栗原光雄も彼女から花瓶を受け取った。「どうあれ、少し問い詰めるだけで十分だろう。花瓶で殴れば、人が死んでしまうじゃないか」

八木珊夏は即座に口を開いた。「こういう脅しをしなければ、訓練を受けた人間が簡単に本当のことを話すわけないでしょう?」

栗原光雄は「でもそれは...」

八木珊夏は彼の言葉を遮った。「敵に慈悲を与えることは、自分に残酷になることよ」

栗原光雄は再び言葉に詰まった。

栗原愛南は彼女を完全に無視し、執事の方を向いた。「橋本南は確かに疑わしい。だから部屋に閉じ込めて、私が現場を調査し終わるまで待つことにしましょう」

執事は頷いた。この要求は理にかなっていた。

八木珊夏が何か言おうとすると、栗原愛南は警戒するように彼女を見た。「栗原家は正統な家柄です。私刑は絶対に許しません。自白の強要も許しません!」

八木珊夏は威圧感に押されて、口をとがらせたまま黙り込んだ。

執事は急いで橋本南を連れて部屋を出て、三階の誰も住んでいない客室に案内し、外から鍵をかけた。

橋本南は目を赤くしていた。「執事さん、本当に私じゃないんです」