第577話

橋本南の言葉がまだ終わらないうちに、目の前に突然料理が現れた。

彼女は少し戸惑い、続きの言葉が喉に詰まった。

栗原光雄は困惑した様子で彼女を見つめた。「お腹が空いているんじゃない?」

橋本南はその美味しそうな料理を見つめながら、自分の先ほどの行動が少し不適切だったと感じた。まるで恩を売って見返りを求めているかのように。

彼女は頷いた。「はい、お腹が空いています。」

栗原光雄は料理を差し出しながら尋ねた。「さっき何か言おうとしてたの?」

橋本南は唇を噛んで、結局笑顔を浮かべただけだった。「なんでもありません。」

彼女は箸を取り、食べ始めた。

今日の食事にはスープまでついていて、栗原光雄の細やかな心遣いが伺えた。橋本南は料理を見つめ、二口ほど食べてから顔を上げた。「本当に私は薬なんて入れていません。」

「信じているよ。」

栗原光雄は口を開いた。「君に非があるとは思っていない。ただ、今は君がこの件に関係ないことを証明する証拠がないだけだ。でも安心して、妹と兄は賢いから、きっと君の潔白を証明してくれるはずだ。」

橋本南は頷いた。「はい、私も栗原お嬢様を信じています。」

栗原井池という若旦那様については、実は少し恐れていた。

栗原家の次期後継者として、栗原井池は普段から京都の悪党の親分として知られており、以前から彼の変わった性格についての噂が絶えなかった。栗原家で働くメイドたちも、執事から栗原叔父さんと栗原井池様には特に敬意を払うようにと再三注意されていた。

しかし橋本南は栗原愛南の印象がとても良かった。何度も彼女が助け舟を出してくれたおかげで、八木珊夏からの嫌がらせを避けることができた。

でも……

橋本南は思わず不満げに栗原光雄を見つめた。

全てはこの若旦那様のせいだ。彼がいなければ、八木珊夏が何度も自分に嫌がらせをすることもなかったはずだ!

橋本南は賢い人間で、これまでのアルバイト生活で人の顔色を読むことを学んでいた。

以前から八木珊夏が自分に対して理由のない敵意を持っていることに気付いていたが、今やっとその理由が分かった。まさか若旦那様が自分に好意を持っていると思っているのだろうか?

橋本南は栗原光雄を一瞥した……

栗原光雄はハンサムで、栗原家の人々の典型的な容姿を持ち、性格も兄弟の中では良い方だった。