きつく抱きしめて……
何も言葉を交わさず、何の慰めの言葉もなかったが、ただ強く抱きしめる行為が、千の言葉よりも雄弁だった。
しばらくして、墨野宙は天野奈々を抱きかかえたまま突然体を起こした。ベッドから降りようとしたところで、天野奈々に引き止められ、墨野宙は首をかしげた。
天野奈々は甘えん坊の人形のように、完全に墨野宙の腕の中にしがみついていた。
墨野宙はベッドサイドのランプをつけ、天野奈々の背中をやさしくなでながら、口元に優しい笑みを浮かべた。「お風呂に入らないの?」
「あなたにこうして抱きしめていてほしいの」天野奈々は墨野宙の胸に顔をうずめて甘えた。「あなたと離れたくないの」
「イギリスに一緒に行くなって言ったのは君じゃないか?」
あなたに疲れてほしくなかっただけ……
君に疲れてほしくなかっただけ……
実際、お互いに分かっていたのだが、妻を甘やかすことを徐々に仕事のようにしていた墨野宙が、本当に天野奈々を一人でロンドンに行かせるわけがなかった。
しかし、彼は天野奈々に告げず、愛する妻にサプライズを用意していた。
この夜、二人は眠れず、このまま抱き合って夜明けまで話し続けた。
すぐに、安藤皓司と中村さんがハイアットレジデンスに天野奈々を迎えに来て空港へ向かった。しかし出発直前まで、天野奈々は墨野宙にしがみついたまま離れようとしなかった。「待っていて……」
墨野宙は手を伸ばして天野奈々の長い髪をなで、指の間の結婚指輪が朝日に反射して輝いていた……
……
空港に着いた時、中村さんは突然パスポートを忘れたことに気づいた。しかし、おじいさんはきっと散歩に出ていて、彼女が戻るには時間が足りなかった。
天野奈々は以前のマンションを思い出した。海輝からそれほど遠くないので、中村さんに陸野徹に電話をかけてもらうことにした。中村さんが鍵を隠す習慣を知っていたからだ。
中村さんは少し躊躇したが、仕事が大事だったので、しぶしぶ陸野徹に電話をかけた。「陸野くん」
「どうしたの?」