天野剛は黙っていた。柴崎知子のことをよく知っているから、こんな状況では彼女は人の弱みにつけ込むようなことはしないと分かっていたからだ。
「柴崎知子のことを信頼しているようだね」山本修治は微笑んで、オフィスチェアから立ち上がり、天野剛の前に座り、腕を組んで言った。「だったら今、君と柴崎知子の間で何があったのか、話してくれないか?」
「それは私の底線だ。話したくない」天野剛は、柴崎知子との親密な関係があったことを広めるつもりはなかった。それは彼女を傷つけることになるからだ。
「わかった、いいよ」山本修治は肩をすくめ、ソファから立ち上がって天野剛に言った。「鈴木ほし、君は歌に真摯に向き合っている。それは間違いない。でも、それは趣味の域を出ていないということだ。君と姉さんの一番の違いがどこにあるか分かるかい?」
天野剛は困惑した表情で山本修治を見つめた。
「責任感だよ。君の姉さんはいつも抜かりのない方法で、周りの人を守っている。彼女のために尽くしてくれた人たちを大切にして、決して傷つけることはない。でも、君にはそれができていない。知子が君のためにどれだけ献身的に働いてくれたか分かっているはずなのに、彼女を追い払うことで、彼女の心を傷つけてしまった」
天野剛はそれを聞いて、唇を動かしたが、反論することができなかった。
「物事に対する責任の取り方、天野奈々と比べたら、まだまだ遠く及ばない。少なくとも、プロとしては、敵対する相手に対しても、彼女は笑顔で最高のパフォーマンスを見せる。でも君は?知子が去ったということは、君の長期的な計画が全て中断するということだ。君の気まぐれの代償を他人に払わせるつもりなのか?」
天野剛は考え込んで、やはり反論できなかった。
「帰って考えてみろ。知子のために本当に何をすべきなのかを」
かつての山本修治と深水藍華の件も、彼はよく知っていた。妻を守ることについて、山本修治は確かに発言権がある。結局、成田空港で、彼は自分らしい態度で、最愛の人が傷つくのを防いだのだから。
今回、天野剛は反論する気にはならなかった。山本修治が彼の最も大切な二人を引き合いに出して説得したからだ。
「今やっと分かりました。海輝PRが負けない理由が」
「ん?」今度は山本修治が困惑した様子を見せた。
「あなたがいるからです」