「奈々、午後は本当に出席しないの?」昼食後、天野奈々と柴崎知子がホテルを出て、知子が奈々の後ろから尋ねた。
「今その答えを明かしたら、茜のこれからの素晴らしい表情が見られなくなってしまうわ……」奈々はコートの襟を直し、身体をしっかりと包み込んだ。
「驚きました。奈々さんは商談でもこんなに凄いんですね」知子は奈々に感心した様子で言った。
「もういいわ。私を家まで送って、それからほしの面倒を見てあげて。最近の彼の様子はどう?」奈々は車に乗りながら知子に尋ねた。
「以前より、感情を隠すのが上手くなりました」知子は小声で言った。「ただ、最近は作曲の依頼も多いし、新しいアルバムもまもなく発売されるので、忙しくなれば過去のことを考える時間も減るでしょう」
「知子、やすのぶはあの女性のことをまだ忘れられないかもしれないけど、私と同じように、決して後戻りはしない人よ。彼の未来は、あなたに託したわ」奈々は知子に言い聞かせた。「私はお腹が大きくなって、どこに行くにも不便だし、公の場に出る機会も減っていくわ。だから、ほしのことをよろしくお願いね」
「分かりました……」知子は奈々を見つめて真剣に頷いた。「でも、『消えた家族』がもうすぐ公開されるそうですね……」
「そう?時が経つのは早いわね」奈々は静かになり、この映画の撮影時の様々な思い出が蘇ってきた。
「また大ヒットになりますよ……」
奈々は自分のお腹に手を当て、これまでの信念と努力に対して、心から喜びを感じていた。
「まずは天野家の件を片付けましょう」
知子は微笑んで頷いた。「はい」
そして、彼女の眼差しからは奈々への尊敬の念が伺えた。それは男性に対する憧れとは全く異なるものだった。
しかし、奈々は家には帰らず、直接海輝に向かい、墨野宙のオフィスに入った。
夫婦は視線を交わし、宙はすぐにオフィスチェアから立ち上がり、素早く奈々の腰に手を回した。「聞いたよ、交渉の達人」
「恥ずかしくなかった?」
「君が私に恥をかかせるはずがない」宙は奈々の頭に顎を乗せ、心から感嘆した。「君が気が向けば、海輝の経営だって簡単にこなせると信じているよ」
夫婦二人の腹黒い性質は、お互いによく分かっていた。だから、これ以上の説明は必要なかった。
……