第609章 私はあなたの命なんていらない

墨野宙は安藤皓司から天野奈々が『邪悪な妃』に出演依頼を受けたことを知っていた。もちろん、この脚本を見て、いや...

このタイトルを見ただけで、奈々がきっと気に入るだろうと分かっていた。

特に物語が充実していて、制作規模も大きく、最も重要なのは、この作品が国営映画制作所の作品だということだ。

これは奈々にとって、とても大きな認められ方で、森口響のような大物俳優でさえ、まだこのようなチャンスを得ていなかった。

「『邪悪な妃』か...面白そうだな」墨野宙は脚本を読み、この役のキャラクター紹介を見た。純粋な悪役で、人々の怒りを買うほど悪辣な人物だった。

もちろん、このような強力なバックグラウンドがあるため、『邪悪な妃』の制作陣は多くの俳優を招集し、后宮妃だけでも十数人いて、非常に複雑な後宮だった。

「社長、お母様の件は既に手配済みです」陸野徹は会社に戻り、直接墨野宙に報告した。

「この脚本を見てくれ」墨野宙は『邪悪な妃』の脚本を陸野徹の前に押し出した。

「こんな素晴らしい脚本、社長は...」

「これだけ大きな制作で、人も多い。このような現場に入るなら、奈々の側に三人のアシスタントがいても、私は安心できない」墨野宙は平静に言った。「早めに準備をして、その時になったら臨機応変に対応できるようにしておこう」

結局...

天野奈々はここまで来るのに、あまりにも多くのライバルに出会い、多くの陰謀に遭遇してきた。今やっと演技を始めて一年で、このような役を得られたのだから、嫉妬して何か細工をする者が出てこないとも限らない。

「分かりました、社長」

「もう一つ、海外の研究所に行ってもらいたい」

研究所という言葉を聞いて、陸野徹は数秒間呆然としたが、すぐに反応した。これは椛木千鶴のことだろう。

「社長がお知りになりたいことは?」

「母がここ数年、何か大きな出来事を経験したかどうか、調べてもらいたい」

墨野宙は詳しく説明しなかったが、陸野徹は既に墨野宙の意図を理解していた。一言で言えば、墨野宙は椛木千鶴の性格に疑問を感じているということだ。

「承知しました。最早の便で向かいます」

これも墨野宙が天野奈々に何も告げていない理由だった。彼はどこか、おかしいと感じていた...